井川耕一郎が監督として自分の名前を伏せて「坂口康子」として女性の名前に偽った日記映画。七里圭はその意図を「恥じらいに潔癖だった彼特有の、照れ隠しと手の込んだ悪戯心だったのでしょう」と記しているが、個人的にはこうした韜晦行為が、『寝耳に水』のSM雑誌に投稿されたかつての恋人の名前という形で反復されていることに興味を惹かれる。
もう少し具体的な内容を思い出しつつ記述すると、市川市鬼越がひとつのロケーションとして選択されており、鬼越、おにごえ、おにこえ、ONIGOE…と言葉の音遊びを映画のモンタージュによって展開していくのが面白い。これはその後の『寝耳に水』での「死水（しにみずと書いてしのみず）」という言葉遊びの中で、再び市川市鬼越駅の看板が映し出されることで10年以上の年月を経て再帰してくるテーマとなる。しかし、なによりも驚くべきは映し出される女性（明らかに演技経験のある装いはない）のカメラに向かって戯ける様をクロースアップで捉えていくチャーミングな仕草が、恋人にカメラを向けたようなホームビデオ的装いとは異なる映画的身振りとして捉えられていることだ。そこには、その後の井川の映画に登場する女性のようにどこか夢の中にいきる影とともに存在しているような印象がつきまとう。例えば、カーペンターの『スターマン』冒頭でカレン・アレンがプロジェクターで投影しているホームビデオの中のジェフ・ブリッジズを女に置き換えたかのような振る舞いと言ってもいいかもしれない。