南

チップス先生さようならの南のレビュー・感想・評価

チップス先生さようなら(1939年製作の映画)
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失われた時を求めて回想で綴られる、老教師の一代記。

主人公の夢の中で様々なエピソードが去来するが、

多くを語らず物事の始まりと終わりだけを繋げる大胆な演出が見事だ。

また同時に、運命の女性と出会って関係を深めるシーケンスはじっくりと描かれる。

それは後の展開におけるチップス先生の心情を際立たせる上で、どんな効果を生んでいるだろうか?

ストーリーテリングの緩急が実にうまく、映画編集の妙味が詰まった作品だ。

船べりからドナウ川を見下ろし語り合うシーンの長回しや、

ウィンナーワルツを踊る年の差カップルが交わす小粋な会話も心にくい。

そして教師が担う「見送る」という責務が、

学業を終えた卒業生だけでなく、

身近な人間の死まで含むというのが哀しい。

第一次世界大戦で戦死した何人もの教え子を悼むチップス先生のうつろな表情が印象的だ。

ジェームズ・ヒルトンが原作を書いたのは、ナチスが政権を握った翌年の1934年。

そして映画化されたのが1939年。

ドイツのポーランド侵攻を発端にヨーロッパが第二次世界大戦へとなだれ込んだ年だ。

作品に込められた思いと真逆に突き進む世界の皮肉な共時性。

それも含めて味わい深い作品である。
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