あくとる

ザ・キラーのあくとるのレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
4.7
"一人/独り"

天才の業は計り知れない。
フィンチャー監督が最新のインタビューで『ファイト・クラブ』に関して、「20年観てないし、観たくもない」「小学校の頃の写真を見るような感じかな。“ああ、自分はここにいたんだな”って」等と言っていて、自分は「あんな傑作なのに、天才の考えることは分からないな」と軽く受け止めていたが(もちろんカルト的傑作過ぎて本人はもう辟易していたり重荷になっているから出た発言かもしれないが)、本作を見て本気の言葉だと深く納得した。
『ファイトクラブ』はまだまだ青かったと感じるくらい成熟した大人のフィンチャー映画。
誤解なきようそれは牙を抜かれたということでは一切なく、むしろ過去作の中では『ファイトクラブ』に一番近いというくらいパラノイアックで神経質で哲学的で、社会に対して中指を立てるパンク精神と皮肉に満ちている。
贅肉一つないくらい洗練されすぎていて、怖いくらい隙がない、無駄がない。
毎回題材が様々なフィンチャー作品の中でも、殺し屋はさすがに合わないのでは?という事前の予想を遥かに上回るフィンチャーらしさ120%どころか500%くらいの濃度で完全にノックアウトされた。

セリフ・画・音の膨大な情報量。
観客の五感に働きかけ、全ての神経を研ぎ澄まさせる。
Netflix作品ということで大手シネコンで上映されないのが残念だが、本作こそぜひ劇場で見るべきタイプの作品だと感じた。
常に緊張感があるサスペンススリラーでそれこそ大人な落ち着いたテンションなのだが、瞬間的に発火するその威力たるや。
冒頭のターゲットを待ちながら延々と哲学的な独白を続けるシークエンスからして只者じゃない異様さを見せつけてくるが、最初から最後まで凡人が「殺し屋の映画」と聞いて想像するテンプレを裏切ってくる展開の連続で飽きさせない(冒頭はさすがに饒舌すぎでは?とも思ったが、最初に本作の重要となるポイントを提示しきっておくという潔さも賢い選択)。
脚本も素晴らしいのだろうがこの編集の切れ味は神がかり的としか言いようがなく、何かしらの賞を受賞しなければ抗議したいくらい。
現実の殺し屋ならどうする?を考え抜いたようなキャラクターの造形、フェティッシュなディテールも非常に面白く、今まで観たことのないフレッシュさ。
映画でよく見る"完璧な仕事人"な殺し屋とは違った人間的揺らぎが真実味を与える。
セリフのリフレインも効果的。
主演マイケル・ファスベンダーの瞬きを抑えた追い込みの演技はこの映画の欠かせない土台なのだが、終盤に待ってましたとばかりに出てくるティルダ・スウィントンの表情筋の微細な変化にも唸らされた。

2023年ベストは『アクロス・ザ・スパイダーバース』、次点で『レッドロケット』だったのだが、残り二ヶ月間近にしてとんでもない作品と出会ってしまった。
『アクロス・ザ・スパイダーバース』は前作への偏愛と続編への期待込みでの評価とするならば、映画一本としての完成度は本作が今年ベスト。