青山

コット、はじまりの夏の青山のレビュー・感想・評価

コット、はじまりの夏(2022年製作の映画)
4.0

無口な少女コットは家でも学校でも軽んじられて生きていたが、弟が生まれるために一夏のあいだ田舎に住む親戚のアイリンとショーン夫妻の家に預けられることになる。
子供のいない夫妻はコットに淡々と愛情を注ぎ、コットは少しずつ自分を肯定できるようになっていくが......。


『エル・スール』を観に行ったんだけど時間があったのでついでに観たらめちゃくちゃ良かったです......。奇しくも本作も『エル・スール』も少女がベッドの下に隠れる映画でした。奇しくもというかまぁ、本作が影響を受けてるんだと思う。


本作はコルム・バレード監督の長編映画デビュー作で、主人公コットを演じるキャサリン・クリンチさんも本作がデビュー作。
Wデビュー作らしい瑞々しさがありつつ、演出も演技もデビュー作とは思えぬ巧さでもあり最高でした。


ストーリーは上記のあらすじ通りのめちゃくちゃシンプルなもので、ほぼ田舎での暮らしが描かれるだけで大きな冒険やドラマチックな展開は皆無......なんだけど、コットと親戚夫妻との淡々としたやり取りの中で徐々に心が通っていく様を描いたミニマルさがじわじわと心を暖めてくれるようなお話です。
なんつーか、ジブリ映画だったら起承転結の「起」くらいの部分だけずっとやってる感じ。......なのにあっという間に終わってしまってもっと観ていたかったと思わされます。

なんせアイルランドの田舎の暮らしが美しい。変に美化せずに寂れてたりくたびれたところも見せつつ、それでもモノと情報に溢れた現代から見るととても丁寧な暮らしという感じがして憧れてしまう。
それを映す映像にも奇を衒ったようなところがなく、少し低めの視点から日常を淡々と切り取っていくのも素敵。ただ、その中で時々画角が4:3からワイドに変わったり戻ったりしていたのが印象的。お話に夢中で切り替わりのタイミングをしっかりとは確認出来なかったのですが、たぶんコットの閉塞した視野が夫妻との暮らしで広がる様を表しているんじゃないかと思います。

そして、何と言ってもキャラクターたちの魅力、とりわけコットちゃんの魅力そのものが本作の最大の魅力でもあります。
英題は『The Quiet Girl』、邦題は『コット』でどちらも主人公のコットを指すタイトルですが、それ以外あり得ないくらいコットちゃんが良いんすよ。
憂いと品のある美しさに釘付けにされ、淡々としていながら感情の伝わってくる演技に引き込まれ、彼女を見つめているだけで95分があっという間に感じる魅力。彼女は家でも学校でも疎外感を抱えていて、その悲しみの分だけ大人びてはいるんだけど、そんでも子供のキャラにいがちな変に老成した感じがなく年相応に戸惑っているところが良かった。
そして、コットちゃんを預か夫妻の、妻アイリンの細やかな愛情に泣き、ぶっきらぼうに見えて不器用なだけで本当は優しい夫ショーンの優しさが垣間見えるシーンにほっこりします。寡黙なショーンは静かなコットちゃんと似たモノ同士みたいなキャラクターでもあり、そんなかれらが2人きりで話す夜のシーンは本作でもひとつのハイライトになる印象的なシーン。
映画の冒頭、コットちゃんが死んだように草むらに横たわっているシーンから始まる物語は、アイリンとショーン夫妻の愛情に触れることで生きることの価値を見出して、いわば生き返っていく......というもので、一夏の暮らしにはやがて終わりが来るんだけど、たとえ終わっても彼らから得たものを忘れずにいればコットちゃんはこれから強く生きていけるんじゃないか......と願わずにいられない。あのラストシーンに至って抑えていたものが爆発するように一気にエモーショナルになって泣きそうになってしまった。


あと、本作はアイルランド語をメインに使っている珍しい映画らしいです。英語すら分からんし、アイルランド語というのがどういう位置付けなのかもよく知らなかった私としては正直観てる間言語のことなんか全く気にしてなかったんですが、パンフの解説とかを読んでその複雑な事情を少しだけ知れたのでそれも念頭に入れてもう一度観たいな、と思います。あと宗教的な背景とかも知っていて観るとより深く味わえるんだと思う。
とはいえ私みたいな浅い見方でも忘れ難い印象を残す傑作でありますのでぜひ気軽に観てみてくださいみなさん!
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