Omizu

Boris Without Béatrice(英題)のOmizuのレビュー・感想・評価

Boris Without Béatrice(英題)(2016年製作の映画)
3.7
【第66回ベルリン映画祭 コンペティション部門出品】
『ヴィクとフロ、熊に会う』などのカナダの異才ドゥニ・コテ監督作品。一般公開されなかった『ゴーストタウン・アンソロジー』は映画祭でみてすごく好きだった。

何かの店の中にいる背の高い男性、穏便に買い物を済ませるかと思えば、店員のある言葉に豹変、責任者をよべと脅し始める。

この冒頭のシークエンスだけでボリスがどういう人物かがよく分かる。いくつもの会社を経営する事業家で、傲慢で好色なのだ。

そんなボリスの妻ベアトリスは以前政府の大臣的な要職についていたらしいが現在は口も発せないほど重度のうつ状態にある。

ボリスは家にいるが、ベアトリスの介護人クララや愛人ヘルガとの情事は止まることがない。

そこへ不思議な呼び出しを記した手紙が。行ってみると小柄な男が言う。「妻がよくならないのは君が誠実でないからだ」と。

謎の男は去って行くが、そこからボリスは自らの家族、女性関係について考えるようになる。

謎の男を演じるのが『ホーリー・モーターズ』などのカラックス作品常連のドニ・ラヴァン!最後にも意表をつく形で出てくるが、小柄なのに強面な不思議な存在感でボリスをひたすらに困惑させる。ドニ・ラヴァン最高!

なぜだか家に入り込んだ謎の男=Mr.ルイはギリシャ神話のタンタロスの神話を延々と話し続ける。これがこの物語のテーマであろう。

タンタロスについては各自調べてほしいが、つまりタンタロスは「欲しい物が目の前にあるのに手が届かないじれったい苦しみ」を表す。そしてタンタロスは神話では人間でありながら神に近い待遇であったのにその傲慢ゆえに人を殺し、その罰として永遠に終わらない苦しみを味わっている。

つまり、社会的に高い地位にありながら肉欲におぼれ家族を顧みることもなかった結果、妻ベアトリスの病となって現われたのだ。そして中盤以降ボリスはなんとか取り巻く人物と向き合おうとするのだが、己のプライドの高さゆえに上手くいかない。

妻ベアトリスの愛というほしいものがすぐそこにあるのに届かないという苦しみを味わっているのである。ラヴァン演じる謎の男はいわば神のような存在なのだろうか。

物語自体が込み入っている上に、コテ特有の虚実入り交じる不思議な演出もあり、観ている間はよく分からない。しかし最後に分かってくると楽しめる。突然娘のルームメイトとして出てくる白塗りの役者がコテらしい。彼らは誰かが観ているわけでもない部屋の中でギリシャ悲劇を演じているという可笑しさ。

階級上位にあたる人の傲慢な人間精算を皮肉的に描いており、コテ特有の少し現実から浮遊したような演出も楽しめる。最後は説明しすぎかなとは感じたが、コテらしくて僕はなかなか楽しめた。『ヴィクとフロ』や『ゴーストタウン・アンソロジー』よりは劣るが。
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