赤苑

夜明けのすべての赤苑のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.3
決して簡単に夜明けの空を見上げたりしない、"信頼できる"映画。三宅唱監督、前作のケイコに続いて独特の画面展開というか、温かみに溢れていながらも、圧倒的な強度が保たれている。言うまでもなく名脇役の光石研さんの目の動きだったり、台詞のない画面の内、もしくは涙目の芋生悠さんの"その先"だったり画面の外、どちらにも音にならない「物語」がはっきりと顔を覗かせている。冒頭と最後のモノローグ、電車の中で藤沢さんが読む本の文字映しだけはあくまで個人的な好みとしては必要性は薄いとは思うけれど、それもバランス。全体としてのショットの強度がとにかく凄まじくて、構図も単純に面白くて、"劇的"でないのに全く飽きない。一見自然光のようにも見える照明はたぶんめちゃめちゃ緻密に作り込まれていて(杉田協士監督談)、光の粒が動くように人間が動く。太陽が沈むなんて言い方どうなんだ、みたいなおちゃらけた30年前のテープの音声も納得、人間を駆動するために使われる世界ではなくて、明らかに世界の中で人間が動いている、という意味での説得力。世界と人間の間の距離があるように、画面と観客の間の距離も適切に保たれていて、だからこそ藤沢さんと山添くんのあの距離感が心地良く世界に溶け込んでいる。劇中の山添くんの台詞にもあるけれど、男女の友情は成立するか、なんてどうでもいい議論の遥かその先にある、人と人の心がほんの一瞬、偶然にも通じ合う瞬間を見つめる映画。ふたりが日曜日に洗車する場面、あそこを車内から映すあたりもとてもよい。声になるものも、声にならないものも、ゆっくり世界に溶け込んでいく変化に、適切な距離を保ちながら目を凝らす、間違いなく映画体験としての満足感が大きい邦画。世界の中に生きる人間の映画。いわば当たり前のことに、改めて目を凝らすことで個々の心の奥から顔を出す温かみに向き合える。藤沢さん、山添くん、みんなみんな、暗闇と静寂が彼らを世界に繋ぎ止めている。
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