赤苑

悪は存在しないの赤苑のネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

これは凄い。最後、すべからく観客を黙らせるような力があった。圧巻です、全てのシーンがラストのためにあったように思える。タイトルと物語が間違いなく最も肉薄した瞬間の緊張感、本当に素晴らしい。「悪は存在しない」というのも納得、人間の善悪の尺度を自然に当てはめるようなことは、人間もしないからだ。
あらすじにあるようなグランピング計画も、当然ながら住民対会社、みたいな二項対立ではなくて、単純な構造を乗り越えることで得られるカタルシスなどない。居心地の悪い説明会のシーンで住民側の心情に少し傾かせておいて、その後会社に戻ってからの一連の流れでは高橋と黛側の内面も見せる。人間たちはとてもフラットな状態で、その時間軸を冒頭からゆるりと始まる静謐な自然のショットが貫いている。歩み寄り、すれ違い、を繰り返す人間たちはあくまで小さな一括りで、それを取り巻く動物、自然という大きな存在をじわじわと意識させられてゆく。
棒読み的な巧の話し方はいわゆる"濱口節"かと思ったものの、巧の感情が見えないことで真実は最後まで藪の中、という重要な構成要素になっていた。長回し、そして車の後ろや植生しているもの側からの視点も、"自然"と私たち人間の境界線を曖昧にしていく要素。それらの構成要素に加え物語的な展開が絡まり合いあのラストシーンへ。唯一無二の不思議なドライブ感がある。こだまするような巧の意味深な台詞と、積み重なった僅かな違和感。すべてが「偶然と想像」のレイヤーの中で、森の中へと入ってゆく。
ラストシーンの解釈はもちろん複数あって然るべきだと思うけど、個人的には花の捜索の様子をじっと見詰める町長が印象的。多少穿った見方かもしれないが、巧の行動に不穏な計画性を感じてしまう。これは独特の映画体験として面白いことこの上なくて、まだこんな体験ができるのか、とわくわくもする。『落下の解剖学』と併せて、比較しながら、自分が逆照射されるような体験。観てよかった。
赤苑

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