コッペパン

夜明けのすべてのコッペパンのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.2
2024-18
重いPMSに振り回されながら生きていく女性とパニック障害で環境が変わってしまった男性。小さな町工場で出会った2人が病状や生き方について考え、話しながらお互いの人生を歩んでいく、そんな話。身近な人とこんな関係を築いていけたら、と切望するほど理想的で暖かくて大切にしたいと思えた作品

心が痛いというのも違う、自分に重なる経験がそこにあった訳でもない、けど涙が止まらなかった。強いて言うなら「どうしようもなさ」に対する恐怖みたいなものを過敏に感じて泣いてた気がする。その恐れに対する優しさも充分にあって泣いていた気がする。
ここで描かれた「症状」「宇宙」「職場」全部が真摯で柔らかくて素敵だった。
以下、書き散らし


PMSやパニック障害の存在そのものは知っていても、諸症状を見るとやはり私は無知だと思った。個人差があるものはその振り幅の大きさも理解しないと結局知らないことと同じだ。それこそ症状にもランク付けがあって、みたいな優劣・偏見を生み、簡単に刃物になる。
そんな危うさを見せるシーンがありつつも、症状を調べてみたり素朴な疑問から向き合うことを始めていく周囲の動きが理想的だった。
全ての人に寄り添ってやろうというのは過剰にも傲慢にも思えるけど今の私は多分大丈夫だから3回に2回ぐらいは身の回りの誰かを助けられたらいいなと思うし、私も5回に1回誰かを頼りたい。傷付けると傷つくから、エゴと自衛のために誰かを傷付けたくないなと思ったりもした
2人がそれぞれの症状を抱えながらもそれをちょっと笑いながら伝えられるのは、友情でも恋愛でもないところで構築された信頼関係の形っぽくてそれもまた涙が出そうだった
そう思うと余計な湿度のない主演2人の演技が本当に上手だった。


テープの中で「人は死んでも星になりません」と笑ってみせた弟に対して献杯を欠かさない栗田科学の社長の律儀さは、一方的だからこそ祈りのような切実さを感じた。人はどうして宇宙に死を感じるのか、生を重ねるのか、科学と哲学が混ざる境界線についてもぼんやり考えながら見てたら「夜について」の見解が差し込まれた。私に一つの答えを教えてくれてるみたいで驚いたし、パンフに載っていたあの箇所を何度も読み返した。
夜に漠然とした不安を抱いたことのある私、宇宙の外を思って泣いたことがある私、故人を想って星や月に想いを馳せたことがある私にとって、この作品は夜明けになってくれる。こんなことで救われてなるものかと思いつつも救われた気がしてしまった。


私らしさはどこにあるんだろう。症状は"私"の一部なのにテンパったり怒ったりする症状を「らしくないよ」と言われたら、うるせぇーーぐらいは思ってしまうかも。症状を含めた自分らしさへの理解と適切なサポートは仕事に求めてはいけないんだろうか。いけないわけじゃないと思うけど、どっちかを取らない成立しない職業が多いから今後の職業選択を想像してちょっと気が重くなった。
あんなに素敵な栗田科学なのにインタビューされたら「良いところ...ねぇ....あるはあるけど...」「駅からもうちょっと近いといいなぁ」て話がズレるおじさんがいるシーン好きだった。基本装備の優しさは往々にして当人が知覚できないところにある。
やはり描かれる2人が同僚なのがいい。恋人だから、友達だから寄り添うわけではなくただの会社の同僚でも寄り添えることがあるなら寄り添った方がいい。それが社会人として基本になったらきっと心地いい。



パンフレットもすごく素敵でした。
キャラクター背景がきちんとしていることでフォーカスが当たらなかった所謂"脇役"にもそれぞれ歩んできた人生がある普通の人間なんだと明らかになる。この温かいストーリーがそういった普通の人間で成り立つことが嬉しかった。
上白石さんが本作を見て、原作を読んで、始めてこの作品が完成すると話していたので原作も読むぞ