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首の雑記猫のレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
3.1
 1578年、織田信長の家臣の一人・荒木村重は信長に謀反を起こす。激しい戦いの末、村重は姿を消すが、信長陣営の空気は不穏なものになっていた。そんな中、信長が自身の後継を手柄に応じて決定すると発言する。この一言をきっかけに事態は1582年の本能寺の変へと進んでいく。


 北野映画はこれが初鑑賞なので、これまでの同監督のフィルモグラフィーを踏まえた感想はなしとする。


 日本人にはよく知られた本能寺の変を題材としたヤクザ映画風時代劇といった趣きの作品。戦乱の時代が舞台ということもあり、合戦のような大規模なものから謀殺のような小規模なものまで、とにかく全編を通して人殺しにあふれた映画となっている。現代的な倫理観や道徳観がない時代であるがゆえに、ことさら暴君として描かれている織田信長を筆頭に、多くの登場人物たちが過激な暴力や奔放な性交渉に耽っており、作品全体に無法な空気が漂っている。一方で、羽柴秀吉とその弟・秀長、家臣の黒田官兵衛の3人のシーンでは、まるでコントのような軽妙なやり取りが繰り広げられる。本作の面白い点は人がゴミのように次々と死んでいく地獄のような展開と、秀吉を始めとした羽柴軍がゲラゲラ笑いながら謀略を練るひょうきんな展開がシームレスに地続きになっているところにある。著しく一つ一つの命が軽い世界を舞台に、笑いと恐怖の表裏一体性が巧みに演出されており、いわば”笑ってしまうほど”怖い作品となっていると言える。


 一方、ストーリーライン自体は散漫な印象を受ける。作品全体の構造としては前半が明智光秀を中心とした物語、後半が羽柴秀吉を中心とした物語となっているのだが、前半から後半のストーリーの受け渡しがかなりぼんやりしているため、結局、誰の物語だったのかがよく分からなくなっている。キャストクレジット通り、秀吉を主人公とした物語と捉えるのであれば、前半で丁寧に内面を描かれるも中盤から急に存在感が薄くなる明智光秀がノイズだし、群像劇として見るには登場人物の描かれ方の濃淡が大きすぎる。おそらく、作品の狙いとしては強いストーリーで牽引するのではなく、上述した退廃的な空気感を楽しむことを目的としている作品であろうとは思われるのだが、それにしてもストーリーの交通整理が少し歪すぎるように思われる。


 作品全体を通して、絶え間なく人が死んでいき、景気よくバイオレンスな描写が繰り返されるため、ある種背徳的な爽快感のある作品となっており、倫理も道徳もない暴力的な世界観も時代劇という題材にマッチしている。一方でストーリーはあまり整備されたものとは言えず、若干間延びした印象も拭えない。作品の空気感を重視するか、ストーリーを重視するかで、評価が分かれる作品となりそうだ。
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