眠れないよ

パトリシア・ハイスミスに恋しての眠れないよのレビュー・感想・評価

4.0
彼女の小説を読んだことはないし映画はキャロルしか観たことがないが、どうしようもないほどに誰かを求めては上手く付き合えず、母親を恐れ続け、誰も知らない屋敷に閉じ籠って生きることを選んだ彼女の人生に共感した。共感は最も安易で暴力的なことのひとつだからあまりしたくない。けれど自分と彼女を重ねてしまい、インタビュー映像に映る、自分を含めたすべての人間に怯え、思ってもいないようなことが声となって発されているような彼女の姿に胸が苦しくなった。

そうして彼女が一人閉じ籠った書斎は、誰かが訪ねてきたときにすぐ分かるような庭に面した場所であること。揺れる木々と暮れゆく日だけが見える窓の外を眺めながら、かつての最愛の人が自分を訪ねてやってくるのを、期待しては諦め、また窓の外に目をやってしまう彼女の横顔を夢想する。母親にも愛した人にも、受け入れてもらえないかもしれないと恐れ、その恐れによってまた自信を喪失し、結果やはり受け入れられず、自身のセクシャリティを認めてもらえずに呪うしかない社会。彼女も私たちと同じただの人で、小説や日記を書くという行為は彼女が唯一この世にしがみついていられる理由だったのだと思う。


たとえばパトリシア・ハイスミスが現代に生きていたならば、あなたの小説を読みました、あなたの言葉に救われましたと、SNSや手紙などで間接的にでも伝えることができるはずで、そうした小さな声が彼女の憂鬱や苦悩を幾分か和らげる瞬間があったのではないかと、途方もないことを考える。だからとにかく言葉を書きたいと思う。好きな本や映画のことを他人に話そうと思う。時には足を運んで、好きな人に会いに行こうと思う。パトリシア・ハイスミスが書くことで自身と他者をこの世に繋ぎ止めたように、たった一日の延命措置にもなり得ない、しかしなり得るかもしれないそれを、続けたいと思う。

"人生のどんな災難も栄養にしてみせる"
眠れないよ

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