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PERFECT DAYSのichirotakedaのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
役所広司がカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したことが話題だが、ヴィム・ヴェンダース監督にとっても、「ベルリン・天使の詩」以来、久々に本領を発揮する、清冽(せいれつ)な美しさに満ちた作品となった。

役所の演じる主人公・平山は、東京都内の公衆トイレの清掃員。朝まだき、狭い一人部屋で起きて、布団を畳み、歯を磨き、缶コーヒーを飲んで、清掃道具を満載したバンで都内各所のトイレに向かう。車で聞くのは、時代遅れのカセットの音楽だが、ルー・リードをはじめ、じつに渋い、泣かせる曲目ぞろい。

トイレ掃除を淡々と、しかし、感嘆するほどの丁寧さで行い、昼食のつましいサンドイッチは公園の木漏れ日のなかで食べる。丸谷才一の「樹影譚」に通じる、時のかなたから届くような木漏れ日だ。

帰宅すると、銭湯で汗を流し、駅地下の居酒屋でチューハイを飲み、寝る前には本を読む。フォークナーに幸田(こうだ)文(あや)にパトリシア・ハイスミス。

その決まりきった日常生活の描写から、生きることの不可避の義務感と、ささやかな喜びが滲(にじ)みでる。そこには、小津安二郎の映画に通じる、ある種の宗教的境地さえ窺(うかが)えるかもしれない。

とにかく素晴らしいのは、車と自転車による移動場面だ。ここに、私たちを驚嘆させたさすらいの旅の名匠・ヴェンダースが復活して、かつてのみずみずしさを保ちながら、円熟の味わいを加え、日常生活そのものをロードムーヴィ化している。

だが、この現代の仙人のような男の背後には、底知れぬ孤独と絶望が横たわっている。それを実感させるのは、平山の姪(めい)のエピソードだ。

突然、若い娘が平山の部屋を訪れて、「伯父さん」という。ああ、平山にも縁戚があったのだなと思う。その娘を追って、平山の妹(麻生祐未)が運転手付きの車でやって来る。そこで交わされる兄妹の何げないやり取りから、平山のすさまじい悲しみが噴出するのだ。人生の深淵に直面するような苛烈な一瞬。必見の一作である。