たく

関心領域のたくのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
3.8
アウシュビッツ強制収容所の隣で暮らすナチス将校一家の平和な暮らしを淡々と描いてて、綺麗な映像と終始聞こえてくる不快な騒音のギャップに最後まで居心地が悪かった。直接的な描写が全くないので、隣で起きてることに気付かない観客もきっといるだろうし、人はまさに自分の見たいものしか見ないということだね。冒頭のちょっとした仕掛けにより、まるで監獄の中で映画を観ているような気分にさせられたんだけど、この演出も含めて本作は映画館で観るべき作品だと思った。第96回アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞。

タイトル文字がだんだんと消えていったと思えば、そこから真っ暗な画面のまま延々と不気味なコーラスを聴かされて、今いる映画館の会場がまるで監獄のように思えてくる。こんな映画体験は初めてで、そこから明るい日差しの中で穏やかに過ごす家族風景に切り替わるところで、ざわついた気持ちが追いつかない。彼らはどうやらアウシュビッツ強制収容所と壁一枚を隔てて暮らしてるらしく、終始鳴り響く轟音は収容所の焼却炉の音らしい。

ここで暮らすヘス一家は収容所のことなど一切気にかけず、妻はユダヤ人から没収したらしい高価なコートや口紅を試着し、隣人たちとの世間話に明け暮れてる。そんな中で隣からは微かに叫び声や銃声も聞こえてくるし、慣れというのは恐ろしいと思った。この家に越して来た妻の母親が途中で出て行ってしまうのは、おそらくこの環境に耐えられなくなったということで、これこそまともな反応だと思った。人物が部屋を歩き回るときに、その様子が要所要所に設置された固定カメラに常に捉えられてるのがまるで監視カメラ映像みたいで、非常に無機質で乾いた印象を与える。

ホロコーストの残酷な描写は全く登場せず、それを仄めかすのは不穏な背景音と、死体処理の際に焼却炉から立ち上る炎と煙、そして少女が夜間に密かに収容所に侵入して囚人のために用意した果物をめぐるトラブルの会話のみ。背景で聞こえる不穏な音には、「未来世紀ブラジル」で拷問の叫びをタイプライターで文字起こししてる事務員のゾッとするシーンを連想する。ユダヤ人の死体をどうやって効率的に処理するかの打ち合わせシーンがおぞましくて、ここは「ヒトラーのための虐殺会議」を思い出した。

収容所の責任者のヘスはあくまで淡々と職務をこなし、妻がこの暮らしに心から満足してるのが見ようによってはごく平凡な会社員と同じ。ヘスが転勤命令を受け、この家を後任に明け渡すことになったときの妻の拒否反応がえげつなく、何とか夫の単身赴任に留めてもらう執念が怖い。ヘスがより効率的な死体処理方法を考案して評価されるくだりで、パーティー会場で密集する人々を映す俯瞰の映像に、一瞬彼らが収容所の囚人のように見えるのがゾッとした。それまで平静に見えたヘスが突然嘔吐するのは「アクト・オブ・キリング」のラストを思わせ、一瞬だけ現在のアウシュビッツ平和博物館と時空が繋がったように見える演出が秀逸。
たく

たく