ぶみ

関心領域のぶみのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
3.0
アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた。

マーティン・エイミスが上梓した『The Zone of Interest』を、ジョナサン・グレイザー監督、脚本クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー等の共演により映像化したアメリカ、イギリス、ポーランド製作のドラマ。
1945年、アウシュビッツ収容所の隣で暮らす所長一家の姿を描く。
収容所の所長であるルドルフ・ヘスをフリーデル、ヘスの妻ヘートヴィヒをヒュラーが演じているが、冒頭から、真っ黒な状況のスクリーンが続くという不穏な雰囲気でスタート。
その後、映像の中心となるのは、突き抜けるような青空の下、プールがあり、使用人も多くいるというヘス一家の裕福な生活の日常風景なのだが、カメラが動き回ることなく、固定カメラで俯瞰した映像ばかりであるため、まるで隠しカメラで覗き見をするドキュメンタリーかのよう。
何より、本作の肝は、そんな裕福な一家の壁の向こうに鎮座している大きな建物がアウシュビッツ収容所ということであり、前述のような爽やかな映像とは対照的に聞こえてくるのは虐殺されているであろう人々の悲鳴であり、銃声であり、はたまた収容所に到着したと思しき蒸気機関車のドラフト音であったりと、壁一枚を隔てたディストピアとユートピアを観る側の頭の中に浮かび上がらせる構図は、今までになくかなり斬新なもの。
その昔、友人のアパートに遊びに行った際、部屋が揺れ、すわ地震かと立ち上がったところ、その友人は何事もなかったような顔をしていたため、「今、地震があったよね?」と尋ねると、「ああ、新幹線が通過しただけ、もう慣れたよ」とのこと。
無関心と慣れを一緒にしてはいけないが、幸い比較的静かな住宅街に住んでいる私からすると、もし家のすぐ前に踏切があろうものなら、それこそ警報音や揺れが気になって仕方ないのだろうし、近くに鶏舎があろうものなら風向きによっては臭いが漂ってくるのだろうが、人間とは慣れる生き物であることから、先ほどの友人のエピソードのように、それが当たり前になってくると完全とは言えないまでも、環境音や臭いはそれなりに気にならなくなるであろうことは想像に難くない。
それを体現するかのように、本作品においても、最初は幸せな家族の姿の裏に常に聞こえてくる前述のような様々な音が、そのうちに気にならなくなっていたのも事実であり、はたと自身も無関心状態に陥っていたことを気づかされることに。
本作品においても、実在の人物であるヘス所長一家の、隣なぞ何事もないように普通の生活を送る姿は決して特別なものではないことを痛感させられるのだが、決して心を失っているわけではなく、いくら関心があっても慣れることで無関心に等しくなることも多々あるだろうなと思うと同時に、ヘスが終盤嘔吐するシーンで、彼もまた人間だったかと変に納得した次第。
アウシュビッツ収容所やホロコーストについて知らないと、本作品は何のこっちゃとなること請合いであり、日常生活が固定カメラにより淡々と描かれていくため、所謂映画的なドラマチックな展開は皆無であることから、『アステロイド・シティ』や『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』といったウェス・アンダーソン監督作品のような映像美と退屈さを兼ね備えた作風に不協和音が重なるという何とも稀有な体験ができるとともに、ヘスの嘔吐の後、カメラを意識したかのようにこちらを一瞥する視線に、心を見透かされたような気にさせられた一作。

3年前、ここは野原だった。
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