「まるで楽園ね」
タイトルがスクリーンに現れ、それが徐々に消えていき、真っ暗なまま不気味な音楽だけが響く。やがて鳥のさえずりが聞こえ始め……いや、スクリーン真っ暗なままだぞ! 機材トラブルかと本気で思ったよ。
しかしまあ、ちゃんと始まりました。壁一枚に隔てられた、それぞれの異常な日常が。
まあ、どちらを異常と捉えるかは人それぞれでしょう。
‶荷” を焼却する施設を異常とみるか、その施設から銃声やら怒号やら悲鳴やらが絶えず聞こえてくる中、お隣で平然と生活している家族を異常とみるか。
家族の中にはまだ幼い子供もいるのに、隣で何が起きているのかにはさっぱり興味がなさそう。煙突から常にモクモクと煙が出ているのを見たら「あれは何を燃やしているの?」と、何にでも興味を持つ年ごろの子供なら両親に質問しても不思議ではないと思うのだが。まあ、その質問にはとっくに親が適当な返答をしてごまかしてる可能性もあるけど。あるいは単に ‶パパがお仕事してる場所” としか認識していないのかな。
本作はとりわけ異彩を放っている映画で、ストーリーはほぼ無いに等しく、極端な話、とある一家の日常にカメラが密着したドキュメンタリーのような出来。「起承転結なんてシラネ」な作品なので、ダメな人にはダメでしょう。
ただ、収容所での残酷な描写をあえて全く入れず、音だけでそれとなく匂わせる演出は、面白いか面白くないかは別として、こちらの想像力を否が応でも掻き立ててくる。観たくないシーンは劇中に一切出てこないのに、脳内ではそのシーンを思い描いてしまうという、とてつもない罠。
ラスト付近で唐突に博物館というか歴史資料館みたいな場所が出てきたけれど、あれって本当にあるのかな?
余談だけど、家族が飼っている犬はルドルフの奥さんを演じたザンドラ・ヒュラーの愛犬だそうな。