最中と薔薇

四月になれば彼女はの最中と薔薇のレビュー・感想・評価

四月になれば彼女は(2024年製作の映画)
4.4
誰もが共感できる話ではないようだ。
それこそが川村元気がこの話を書こうと思った原因かもしれない。

この作品に共感できるのは万能を感じるほどの恋愛を過去にした人、一番好きな人と結婚できなかった人、パートナーにそういう過去がある人、自分で自分をコントロールできずに振り回してしまう癖がある人、そういう癖があるから相手の負担にならないように自分を抑え込んでしまう人、自分も相手も傷つくのが嫌だからのめり込まない適温さ加減で恋愛して結婚したい人、親の離婚を見てきて結婚に対して温度が低い人など。

この物語には主要人物が3人。

主人公藤代は大学生のころ写真部後輩のハルと出会い恋をするが外的要因で別れそれ以来恋にのめり込まない精神科医、現在元患者の弥生と婚約中。

藤代の大学時代の恋人のハルは桜そのもの。
淡く儚く美しい。わけもなく惹かれる。
自然と周りに人が集まり人を笑顔にする。
それは花見と似ている。
だけど物語では桜の開花と同じで長く続かず、記憶となる。
だからこそ人からいつまでも忘れられない人になってしまうのかもしれない。

藤代の婚約者弥生は4月生まれ。4/1生まれだから新年度なのに前の学年に取り残されてしまう、「春になりきれない人」として描かれていると思った。
何をするでもなくいるだけで本当は自然に人から愛されたい。春のように。だけど、弥生はうまく笑えない人なんだと思う。
人との付き合い方が下手なので動物園の獣医をやっている。


***********以下ネタバレ**********

この作品に低評価をつけている人のうち「弥生の行動がわからない」という人が結構多かった。
私なりの解釈になるが。

藤代は「やましいことはない、心配させないように、開示する」意味で弥生にハルからの手紙を見せる。
弥生は過去のことと受け止めつつ、ハルが語るその時のふたりの到底入り込めないほどの世界を知る。
そこに嫉妬は少なからずあっただろうがそれよりも弥生は自分の愛について迷子になってしまったんじゃないだろうか。
弥生の自己肯定感はかなり低い。自分が嫌われたくないから常に人を気にしてしまうような人だ。
「どうしてそこまで人をまっすぐに好きになれたのか」「同じようにまっすぐに愛されたハルはどんな人だったのか」知りたかったのじゃないだろうか。
孤独だったのは藤代からの愛が感じられないだけではなく、自分もかつてのハルのように藤代をまっすぐ愛していると言えるのか疑問に気づいたのでは?つまらない言い方をすれば一種のマリッジブルーとも言うのかも。
あの時の清冽な想いに圧倒されたのは弥生もだったのだ。
ハルが言うように「愛した時に初めて愛された」のだ。弥生は自分の愛を見失ったからの孤独でもあった。

患者と医師という関係から始まり、当時婚約者がいた弥生。
藤代にとって弥生は自分のために婚約破棄させた相手でもあり年齢的なものも含めて責任を取る意味での結婚じゃないかと弥生は感じていたんじゃないだろうか。
特にこの2人の始まりはどちらかと言えば情愛なわけだ。お互いを確認してからはとにかくベッドにいる。
映画「卒業」と同じように眠れない弥生を助けたその時は盛り上がった。結婚式の教会から連れ出したのと同じ。
ただバスに乗った時からどんどん顔が曇っていく。お互いに。
そして別の部屋で寝るようになる。
この2人にとってのピークは始まった時でありそこから下っている。
ただそれにお互い一種の安らぎもあったはずだ。もう過去の恋愛のように心を乱されたくはないという思いが。

だから弥生はハルに会って知りたかった。彼がまっすぐに愛した人を。
あの時会わなければもうハルはもうすぐいなくなってしまう。ましてや弥生は思い立ったら行動してしまう人だ。
30過ぎであっても結婚式の下見に行っていきなりオルガンひいちゃうし、動物園は急に休んでしまう。

ハルに会い、ハルに嫉妬するより、ハルを弥生も愛せたとき、弥生は少し自分を許して自分を好きになれたんじゃないだろうか。
だけど、それを藤代に知られることとは別だったと思う。
「かけら」を探しに行った弥生は、手紙に書いてあった言葉からすればしれっと藤代の元に戻るつもりだったのじゃないかと思う。
あがいている姿を見られたくなかったのは藤代だけじゃないということだ。
だから藤代が来てとっさに逃げた。
藤代にとってはかつては救えない人がたくさんいて、救いたくて精神科医になったと思う。だから弥生を救ったと思った、純もそう言っていた。だけど救うことで終わってしまっていた。

ラストシーン。
藤代の解釈は「愛を終わらせないためには相手を知ろうとすること、それを伝えること」だったのじゃないかと思う。
しかし、このふたりが1年後結婚式を挙げたのかどうか、その先も愛することをサボらずに関係を構築し続けたかはわからない。

もしも、この先結婚式を挙げうまく生活を送っているとすればそれは、弥生と藤代の2人の間にハルを一緒に受け入れた場合だと思う。
ハルを一緒に弔い、命日になればあのハルが残したアルバムをめくり、生前のハルの話をする。ふたりでハルを共有する。
それがふたりがこの先上手くいく方法な気がした。
【加筆】
もしくは…あの浜辺で弥生の「憑き物」が落ちたとするならば。
このふたりは発展的解消をしているかもしれない。
あの号泣と共に弥生はやっと自立できたんじゃないだろうか。それまでは自分の気持ちに振り回されてきていた、そこから俯瞰できるようになったのでは。そう言う意味では弥生は藤代に再び救われた。
ただその場から逃げ出すという意味ではなく、弥生はあの海でやっと自分を見つけられたという意味で。

藤代と弥生のことを書いたがこの作品の肝は森七菜演じる伊与田春。
藤代が出会った瞬間に彼女に心惹かれたようにこの作品は森七菜の魅力で構成されている。わたしたちは藤代と同じように彼女に恋をし、忘れない。終始彼女の映画とも言える。助演女優賞として推しておきたい。
とにかく恋愛ものとか森七菜の事務所問題とかで避けているともったいない。

【スコア基準】
2.9以下  論外
3.0~3.4 ファンならどうぞ
3.5~3.9 惜しい、もう一歩
4.0~4.4 賛否あるかもしれませんがわたしは好き
4.5~   秀作、必見です
最中と薔薇

最中と薔薇