べし酒

湖の女たちのべし酒のレビュー・感想・評価

湖の女たち(2023年製作の映画)
3.9
作品の中心となるのは福士蒼汰さんが演じる濱中と松本まりかさんが演じる豊田の歪んだ愛欲関係なのだが、並行して介護施設で起こった殺人事件の犯人探しが描かれる。
更に過去に隠蔽された薬害事件の謎や、そこに関連して戦時下の731部隊の話が絡んでくると。

ミステリーとしてはなかなか骨太な話になりそうなのだけど、いずれの件もハッキリした結果には落ち着かないし各要素が綺麗に収斂していくわけでもなく、印象としてはとっ散らかったままで終わる感じが強い。でもだからこそ繋がりや大きなテーマを考えるのは面白い。

まず言えるのは多くの登場人物の示す多面性。強引な尋問を行う刑事二人の内の一人の濱中。彼は介護士が犯人ではないのではと思いつつも、真実より結論ありきで容疑を決めつける先輩刑事の伊佐美に従わざるを得ず、溜まったストレスをぶつけるかの様に豊田への支配という欲望を顕にしていく。
クズ刑事かと思われた先輩の伊佐美も、実は過去の薬害事件の隠蔽時には涙を流して悔しがる程の正義感を持っていたと。
生真面目に人生を生きる介護士と見えた豊田が次第に濱中の支配に順じていくのも、人間の裡面に秘められた欲望の表出を描いている。

福地桃子さんが演じる週刊誌記者の池田によって見えてくる過去に政治的圧力により隠蔽された薬害事件と遡る戦時中の731部隊の人体実験が、殺人事件の動機として裏にあるのではと思わせられたが…
再び別の介護施設でその過去の闇とは全く関係のない老人が殺され、最初の事件の被疑者の容疑が晴れ刑事たちの決めつけによる強引な捜査が明るみに出る。この事件の真相の謎がより混沌としてくるというミステリーの深まりが面白く。

そして池田が手に入れた動画からの推測と、殺害された市島民男の妻が語った戦時中に見た子供達の行為とがオーバーラップするという展開は、実際は関係ない要素であったはずの市島の過去を調べたことで、大きな視点での共通項が見えてくるという面白さ。
それは作中でも匂わされた現実で起きた障害者施設での大量殺人事件を想起させるもので、世の中の役に立たない人間は殺すべきという思想。それも思考の浅い若年の人間が大人の行為を見て影響を受けてしまうということ。

このように複雑なプロットが犯人に結び付き、更に凡そあらゆる人の抱える混沌とした闇の様な何かを描き出しているように感じられるのは見事だなと思ったけど、それにつけても濱中と豊田の愛欲関係がそこにどう関連するのかが分からない(笑)最後に湖に沈む豊田を助けたことが違いなのかな?欲望に塗れても人を殺さない線引きはあるってこと?それとも思想で他人を殺すことと欲望で人を生かすことの対比?分からない分からない(笑)まあそこもまた面白いのだけれど。

記者の池田を演じた福地桃子さんは今まで自分が抱いていたホンワカとしたイメージと違う役で、とても良い感じで好き度が上がりましたよ。
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