いやんばかんあはん

哀れなるものたちのいやんばかんあはんのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.5
主演のエマ・ストーンがプロデュースを兼任、話題を呼ぶ鬼才監督ヨルゴス・ランティモスの最新作を堪能すべく劇場に足を運んできた。
物語の節目をチャプターで区切り魚眼レンズを多用、モノクロからカラーへの転換によって表現される主人公の環境変化、架空の衣装や幻想的な空模様など映像美の細部に拘りを魅せるランティモス特有の演出方法は、絵本を広げた御伽噺を映像に落とし込むような特有の魅力がある。

結論から述べるが、私的評価としては傑作には今一歩及ばず佳作止まりといったところか。


出産を控えた臨月の妊婦が橋の上から身投げを図る。川上から流れ着いた妊婦の死体を偶然発見した初老の狂気的科学者ゴッドウィンは、その損傷皆無の美しき死体に見惚れ、拾い上げると自宅の研究所に運び込んだ。
帝王切開により引きずり堕ろした胎児の脳味噌を摘出、それを妊婦の頭部に移植させ見事蘇生に成功…。彼女の名をベラと名付けた。
成人女性の身体、新生児の脳。
肉体と精神が乖離した好奇心旺盛な怪物が、性の目覚めをキッカケに研究所の幽閉から解放され外の世界を知っていく…怪物ゆえの独自視点から人間界の常識を自由な発想でぶった斬り、哀れなるものたちを乗り越えて成長を遂げていくアダルティック且つシニカルな過激冒険譚。


主演のエマ・ストーンは『女王陛下のお気に入り』『クルエラ』そして本作『哀れなるものたち』を経て演技のベクトルがネクストステージへと達したと確信に至ったが、それほどに彼女の演技は他を惹き付けるにたり得る魅力が備わっていた。

エマ・ストーン扮する主人公ベラ。
彼女のキャラ造形はフランケンシュタインを女性像に落とし込んで新たな視点から再構築しているのは明白だが、どう考えてもこれはフランク・ヘネンロッター監督の傑作ホラーコメディ『フランケンフッカー』の影響下にあることは類似性の多さから鑑みて間違いないだろう。

科学が超えてはいけない境界線=死者を甦らせる…という、人類が決して染めてはならない禁忌<タブー>を犯し、神をも冒涜する行為の上に成り立つ存在。それがフランケンシュタインという怪物だ。多くの場合、禁忌を犯した代償に苦しみ、肉体と精神の不一致に悶えるのだが、ベラにはそれがない。
成長過程の真っ只中にある吸収力抜群の知性を携えたベラは、多くの学びを通して芯の通った強い女性へと変貌していく。敢えてホラー以外の分野を用いて、全く新たなフランケンシュタイン像を確立させた。

これは個人的評価が伸び悩んだ要因のひとつであるが、主人公ベラの目的に於ける物語の終着点が明確に定まっていない故に、顛末の不明確さによって生じる時間尺の長さが3割増に長く感じてしまった。
旅立つ我が子を陰ながら見守る親にも似た目線で、行く末を暖かく、そして優しく俯瞰する。
人造人間ベラと、彼女の創造主ゴッドウィンによる擬似親子の繋がりを感じずにはいられない。
人によっては不思議な心地良さすら感じるだろう。