世界も自分のことも知らない。恐れがない者の前には、本能的な幸福が差し出されている。それなのに、世界を知りたがるのはなぜだ。欲望の前にひれ伏し、利己的な愛に飲まれて己を見失う。哀れなるものとは、私たちのことである。
叡智があれば、生きやすくなるわけではない。むしろ、生きにくくなる。ニーチェなど読まない方がいい。それなのに私たちは、知に貪欲だ。なぜだろうか。絶望の淵に立たされた時、希望を見出してくれるのもまた叡智だからだ。知は深めるほど知恵がつくが、欲望は深まるほど己を見失う。
この世界は、畏れを知ることによって新しく生まれ変わる。それはまるで自分自身を脱皮していくようなもの。冒険することをやめなければ、私たちの人生は何回でも新しい航海を始められるのではないだろうか。