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アントニオ猪木をさがしてのmitakosamaのレビュー・感想・評価

アントニオ猪木をさがして(2023年製作の映画)
2.9
ドキュメンタリーとしてもの凄い不満。

先ず1つは、インタビューを受ける人選に疑問だ。有田は好きだけどやはり今作にはそぐわない。神田伯山も安田顕もナレの福山もいらない。彼らが如何に論客であったとしても一ファンに過ぎないし、だったら代わりに関係者をもっと呼べと思う。
新間や、長州・佐山・前田辺りだけでなくハンセンやホーガン・ジェットシンなどの話も聞きたかったよ。
サンパウロ時代の隣人や専属カメラマンの話などに興味深い話が多かっただけに残念だ。
棚橋やオカダのインタビューはあるが、彼らはプロレスにコンプレックスを持ってない世代だ。比較論としては面白いが、猪木を語るには真逆なんだよね。


ぶっちゃけミニドラマもマジで要らない。

そして、日本でプロレスのドキュメンタリーをする難しさも感じた。アメリカンプロレスはプロレスの仕組みに関してオープンにしてるから、プロレスドキュメンタリーも優秀なモノが多い。
だが日本は完全にケッフェイを捨てられないからね。ドラゴンや組長のインタビューの中では暗にケッフェイ破りを匂わせてはいるが直接的には語られてない。

要はこの映画は、プロレスの仕組みをオブラートに包んで話しているので、古のプオタには理解できるが、プロレスを知らない層にはチンプンカンプンな構造なのだ。
知っている層に知ってる内容をなぞってるだけ。知らない層にアピールできなければドキュメンタリー映画の存在意味は無いんですよ。

アントニオ猪木とは、予め試合の結末が決まっているが故に社会的地位が低いプロレスというジャンルに、如何に市民権が得られるかを戦い続けた人だったのだ。
プロレスに疑惑の目がある事にコンプレックスを持ち、憤慨し、世間の注目を集めるためにあらゆる手段を行した。だが周りを振り回し大勢に迷惑もかけている。
それでもマンネリ化を好まずプロレスの地位向上に努めた。そういう人だったのだ。

猪木の行動原理は八百長論に対する怒りであるのだから、プロレスの仕組みを解説しないで真の猪木論は語りようがない。

その際たる例があの札幌猪木劇場だ。アレはプロレスファンには面白いよ。でもプロレスを知らない人には訳が判らない筈だ。
当時は猪木は新日の筆頭株主でありながら、総合格闘技イベントで神輿に担がれていた状態だったんだよね。猪木はオーナー特権で新日レスラーをMMAのリングに上げさせて惨敗。あの札幌は蝶野が猪木に「プロレスと格闘技を混同して選手に無茶をさせないでくれ、現場のリングは俺が仕切るから」という訴えから始まったのだ。だが猪木にその意図は通じず「お前らは怒っているか?」という問答を始めてしまう。この無理問答に永田中西健三はアドリブが効かず、棚橋だけが「自分はこのリングで(格闘技ではなく)プロレスをします」と返答する。
つまり、このエピソードはプロレスは格闘技とは別だという認識を持たないと理解出来ないのだ。だからこそバックボーンを語らずに表面だけ話題にしても、その本質には辿れない。

明らかに本音で話していない。これはドキュメンタリーとしては失格と言わざるを得ないな。
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