浦切三語

ほかげの浦切三語のレビュー・感想・評価

ほかげ(2023年製作の映画)
4.3
太平洋戦争は終わった。でも終わったのは戦争という「状況」だけで、戦争が産み出してしまった空気たちは、まるで亡霊のように戦後の人々の体の奥深くで不気味に息づいている。就寝中に体を強ばらせて悪夢に苦しむ子供。その子供を慰める女と男。しかしこれは、戦争の爪痕に苦しむ子供を慰めることで間接的に自らの傷を癒そうとする行為の現れである。亡霊が見せる悪夢に苛まれているのは子供だけではない。当然のことながら大人たちも同じなのだ。そして大人たちは「大人たちなりのやり方」で亡霊を、すなわち戦後が見せる現実から目を背けようとする。序盤、居酒屋の女を半ば強引にレイプする酒屋のおじさんの姿が強烈に映るが、あのおじさんはただヤリたくてヤっているというより、女の体を抱くことで戦後という現実から目を背けようとしていたんだろう。

この映画に登場する人々のほとんどは魂が壊れてしまっている。戦争という「亡霊」の手によって壊された魂。そのカタチを忘れないように、平和だった頃の想い出を忘れないように、擬似的な家族関係を結んでみても、それでも「戦争という亡霊」は容赦ない。銃声の幻聴に苛まれて地獄のような戦地の幻視を視てしまう戦地帰りの男の魂はみるみるうちに蝕まれていく。失くした子供と夫の思い出を擬似的な家族関係のなかで「再現」しようとする女は、しかし成り行きで暮らすことになった子供が食べ物を盗んでくるという「戦後の現実」を直視するうちにどんどん心が壊れていく。後半に登場する森山未來演じる怪しげな風体の男も、その粗野な男性的傾向に隠されてはいるが、戦地で経験したことのケリをつけるために戦後を生きている。

登場人物たちの心に深く根を下ろす「亡霊としての戦争」は、役者たちの壮絶な演技を使って全編に渡って存在感を示し、まるで濃密な死臭そのものとなって漂っている。素晴らしく決まっている音響や照明は、まるで亡霊の手足となったかのように観客の視点として配置された少年の「目」を通じて、心をじわじわと侵食してくる。低予算映画らしく、限られたセット、限られた撮影でありながら、ここまで緊張感のある状況を作り出す塚本晋也。「斬、」「野火」と続いてのコレ。ヤバい。どこまで行くんだ。先が気になる。
浦切三語

浦切三語