こなつ

彼方のうたのこなつのレビュー・感想・評価

彼方のうた(2023年製作の映画)
3.8
「春原さんのうた」の杉田協士監督の長編4作目にして、12年ぶりとなるオリジナル作品。

多くを語らず観客に理解を委ねるような物語の流れは、静かでまるで日常を繋ぎ合わせたような作品。好みが分かれそうだが、決して私は嫌いではない。どこまで理解できたかわからないけれど、自分なりに解釈しながら物語を追っていた。

書店員として働く25歳の春は、ベンチに座っている雪子の顔に浮かぶ悲しみを見過ごせず道を尋ねるふりをして声を掛ける。その一方で春は剛という男性を尾行しながらその様子を確かめる日々を過ごしていた。春は子供の頃、街で見かけた雪子や剛に声を掛けた過去があった。3人のそれぞれの関係が動き始めると同時に、春自身が抱える母への思いや悲しみに向き合っていく。

街で知らない人に声を掛けるのは勇気がいる。普通の人はたとえ相手が辛そうでも躊躇する。それなのに春は雪子と剛に子供の頃声を掛けていた。剛が尾行に気付き、春を訪ねてきた時、「中学生の時、ホームで」そう言う春の言葉に泣き出す剛。それだけで剛がその時抱えていた苦しみがわかる。ワークショップに通う春が寸劇で自分と母親のことを演じていた。母親役だった人をじっと見つめて不審がられる。母親への思い、大きな葛藤、、花を抱えて雪子の家に行く途中、車が多く行き交う歩道に佇み、春は何を考えていたのか、、ラストの雪子が春に向かって発した言葉にハッとする。誰かがそっと寄り添ってくれるなら、人はまだ生きていけるのかもしれない。

自分の解釈がもしかしたら違うかもしれないと不安に思いながら、もっと細かいところまで感じられるように再度観てみたい気がする。台詞という台詞もなく、春や雪子や剛のプロフィールも全くわからないけれど、心の奥深くに何かが残った。不思議な感覚だった。
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