きゅうりのきゅーたろう

夢二 4Kデジタル完全修復版のきゅうりのきゅーたろうのレビュー・感想・評価

夢二 4Kデジタル完全修復版(1991年製作の映画)
4.1
画家の竹久夢二は恋人の彦乃と金沢への駆け落ちの約束をするも当日彦乃は現れず。ひとり金沢へと降り立った夢二は湖に沈む夫の遺体が浮いてくるのを探し待つ巴代と出会う。逢瀬を重ねる2人だったが、巴代の夫の脇屋が現れ、さらに脇屋と因縁のある鬼松が脇屋の命を狙う。そんな中、東京から彦乃が金沢を訪れる…というお話。


大正浪漫三部作完走…!
生/死だけでなく現実/夢の境界が挟まれていたせいか、筋書きはいちばんある作品でありながらも本作が最も難解だったように思えた。

そしてパンフにも書かれていたが、本作は三部作の前作にあたる『陽炎座』とのつながりも示唆するような雰囲気に溢れていた。
その点から鑑みるに、夢二を描くことよりも「夢」の字に着目して題材にしたのではないだろうかとさえ思うほどだ。
例えば冒頭の銃で撃たれるシーン。最初は何のこっちゃ分からないが話が進んでいくにつれハットの男が脇屋だと分かるが、時系列的にはおかしい(恐らく)。
夢に出てくる人は意識/無意識に関わらず日常生活で見たことのある人だという説を『インセプション』絡みの何かで読んだことがあり、もはやここから全てが夢であってもおかしくない。

そして美術も極まっている。
冒頭の紙風船は言うまでもないのだが、個人的には湖上の血や雨の表現方法。
特に血はどういう意図やねんと思いながら見てたら後から屠殺した牛の血を流す話が出てきて合点がいく。
そう、この映画の難解さは後から合点がいくことが多いところなのかもしれない。
つまり、抱いた違和感は常に頭に持ち続けねばならないのだ。しかもそれが説明されるかどうかは分からない不親切設計。

これは三部作のいずれにも当てはまるところがあるのだが、過去の回想への入りもシームレスすぎて時制の境界も曖昧。
最初なんで巴代の袖のシーンで夢二おるか分からんかったし。

まあでも総じて最もイメージする大正浪漫は本作が近かったし、宵待草のシーンの情緒はなかなかお目にかかれない稀有な体験ができた。