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またヴィンセントは襲われるのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.8
 これもある意味胸糞案件だが、これの比じゃないキング・オブ・胸糞案件たる『胸騒ぎ』という糞映画があったので、随分と中和されているが、この冒頭もある意味タチが悪い。思春期のイキったガキならならまだしも、イマドキ目が合った時点で襲い掛かって来る手合いがいるとは思えない。昔はというか20年前の私の記憶の中では、外で知らない人を見ても、向こうと目が合うことが多かったし、何なら普通に微笑みながら会釈することもあったくらいだが、今は街中で誰かと目が合うことはほとんどない。電車の中でも誰かと進んで目を合わせたいと思うこと自体がほとんどないし、ほとんどの人はスマフォに目を落とし、伏し目がちに振る舞う。その身振りは極めてディストピア的なのだが、いつの間にか我が国の人々は他人の視線を恐れるようになった。ヴィンセント(カリム・ルクルー)は非常に優秀なグラフィック・デザイナーでありながら、健全なコミュニケーションに難儀する。

  これは全てのデスクワーク及びプログラマーあるあるなのだが、クリエイティブなことに向き合う限りは円滑なコミュニケーションは必要ないのだが、組織やコミュニティとなった場合、話は違って来る。ミーティングの席でインターン生に俺のコーヒーは?などと言い放ちながら嘲笑う様なヴィンセントの態度は明らかに度を越している。社会の歯車として生きる以上、ポジションの違いはあれど相手を慮れなければ先はない。然しながら訴訟に至らず和解に持ち込めれば万事解決という心底生温いテック系企業にとっては、このくらいの手荒な対応だけが主人公を改心させるのかもしれない。然しながらこの見えないボタンの掛け違いそのものがヴィンセントの心をえらく刺激してしまう。世の中の全ての問題はおそらく「思い込み」と「勘違い」であり、そこに気付いた時点で紛争や戦争や暴力は理性で抑えられるのだが、心底臆病なヴィンセントは加害に加わらぬまま、ひたすら拗らせインセルとして微力ながら社会に発信し続ける。今作は前半と後半がだいぶ毛色の違う映画で、まるで別物の様相を呈す。ある種の狂気が走り出してから衆愚政治に走るディストピアな流れは、ジャン=リュック・ゴダール『ウィークエンド』の時代から少しも変わっていない。
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