ビンさん

あはらまどかの静かな怒りのビンさんのレビュー・感想・評価

あはらまどかの静かな怒り(2023年製作の映画)
3.8
まずそのポスタービジュアルに惹かれた。
少女の横顔に意味深な、ちょっと哲学的なタイトル。
な、なんやこれ?
それがファーストインプレッション。

そのうち、これが全編神戸で撮影されたこと。
撮影監督があの(笑)松本大樹氏だということ。
でも、監督のお名前は初めて見るかも。
竜屯? 本名かな?
ペンネームだったら、ヴァル・リュートンが語源だろうか?
ってなことを思いつつ、本作の内容については、ほとんど情報を入れずに本作を観た。

冒頭、いきなりヒロインのあはらまどか(西村花音)が、泣き伏している姿から始まる。
何やら絶望的なセリフと共に。
次に鏡に映る自分の顔を写メに撮っているまどか。
上手に笑えないという彼女は、指を口角に当てて、無理矢理笑顔を作っては写メを撮る。
まるで『散り行く花』のリリアン・ギッシュみたいだな、と思っていたら、実際に劇中にその映像が登場する。

まどかの母は人気のセラピストか?
皮肉にも笑顔でもって幸福を呼び寄せるような、自己啓発本を幾つも出しており、その講演でほとんど家にいない。
多感な頃のまどかには、それが不満の一つのようだ。

学校にも馴染めないまどかだが、唯一、クラスメートのかれん(片山瑞貴)だけが何でも話せる相手。
しかし、そのかれんも神出鬼没である。

映画は前半、そんなまどかの日常が延々描かれる。
ほとんどセリフもなく、shima氏による流麗なスコア(劇伴)と共に。
都度、無理に笑顔を作るまどかの描写の後には、不穏なBGMと共に黒い影が蠢く。

個人的にはこの前半の部分に猛烈にのめり込んでしまった。
なんとも言えぬ緊張感と、ほぼまどか、というか、西村花音さんの一人芝居が続く。
次にいったい彼女に何が起こるんだろうか、とドキドキハラハラしながらスクリーンを凝視していた。
と共に、時折インサートされるまどかとかれんの描写に、嗚呼、撮影監督の松本氏は、彼なりの『ビリティス』をやりたかったのかな、なんて思いつつ。

ただ、全体を貫くイメージは、人と馴染めない、笑うことができない、と自己嫌悪に陥っている、か弱き悩める少女だ。

いったい彼女は如何にして現状を打破するのだろうか。
はたまた、打破できるのだろうか。

ここで映画は大きく方向転換を見せる。
正直僕は面食らってしまったが、ここから映画はファンタジーアドベンチャーに舵を切るのだ。

本作は衣笠竜屯監督による、シリーズ3作目に当たるのだという。
この、ファンタジー・パートには前作からの共通キャラが登場するのだが、そんなの知らないこっちにゃ、何よアンタらは? ってことになるのだが(笑)、それ以前に映画の前半において、まどかのイマジナリーフレンドの如きかれんというキャラが登場しているので、そのあたりの描写には免疫ができているから、さほど混乱はないが、面食らったのは確かだ。

このあと、まどかは数々の体験を経て、精神的に成長していく。
そこは是非作品をご覧になって確かめていただきたいのだが、現状の自分を変えるのは、たとえば他人の影響を受けて、というケースもあるが、本作で言えば自分で道を切り開いていく、というケースであるということだけに触れるに留めておこう。

また、シリーズ作ということだが、僕のような前作を観ていない者でも十分楽しめる内容になっているし、無謀かもしれないが劇中に登場する校長先生、天使シナモンが出てこなくたって、お話は成立するので(笑)

とにかく、まどかを演じた西村花音さんの演技力が凄い。
しかも、彼女はオーディションで選ばれたのだが、モデル志望だったのでほとんど演技の経験は無かったとのこと。
それを舞台挨拶の場で監督と脚本の川村正英氏の談話で訊いて、驚くこと驚くこと。
これは彼女に備わっている才能だろうか、それとも衣笠監督の演出が素晴らしかったのか。
いずれにしても、凄い俳優さんが出てきたものだ。

初日の舞台挨拶は、衣笠監督と脚本の川村氏とで、件の西村花音さんのオーディションの話や、イマジナリーフレンドとは何ぞや、あはらまどか、というちょっと特殊な名前の語源について等々、お二人の掛け合いに、本作の出演者の一人である篠崎雅美さんがちゃちゃ入れする、という抱腹絶倒な内容だった。

肝心の西村花音さん、片山瑞貴さんはいずれも受験が重なって舞台挨拶には来れず、ビデオメッセージが披露されるという形。
片や高校受験、片や大学受験という、大事な時期ゆえそれは仕方ないこと。
それぞれに素晴らしい演技を披露されたので、めでたく思うところへ進学できたとしても、俳優活動はぜひ続けていっていただきたく願う。

舞台挨拶には登壇されなかったが、劇中ポスターで登場(笑)された白澤康宏さんや、医療監修の楠部知子さんも来られていたし、神戸在住の映画ファンの面々とも一緒に鑑賞できて、いい時間を過ごすことができた。
ビンさん

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