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ピアノ・レッスン 4Kデジタルリマスターの708のネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

公開当時、女性監督が描いたご都合主義な不倫劇なんじゃないか…という勝手な苦手意識を持ってずっとスルーしていましたが、監督の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」がとても面白かったこともあり、今回やっと観ることにしました。観てよかったです。

いくら父親が決めた縁談とは言えど、顔も見たことのない相手との結婚で、それも見知らぬ最果ての孤島への移住は不安だと思うし、到着の日に迎えに来ないまま、母と幼い娘に野宿で一夜を過ごさせる夫スチュアートに対して、エイダが不信感を持つのは当然のこと。おまけにエイダの声の役割を果たし、唯一の心の拠り所であるピアノを放棄させるというのは、かなり酷だと思います。女性には一切耳を傾けず、男性優位で高圧的な態度のスチュアートは、今の時代ならあり得ないけど、この時代においては妻は黙って夫に従うのが当たり前だったのでしょう。

その一方で、浜辺に置き去りにしたピアノを弾くエイダに魅了されたベインズ。最初はピアノをダシに取引を持ちかけるなんて、とんでもない男だなと思いました。黒鍵の数だけレッスン(という名の情事)をしたらピアノを返すという感じで、1レッスンずつエイダが脱がされていくくだりは、「野球拳かよ!」とツッコミを入れたくなりましたが、レッスンのたびごとに、エイダの一部であるピアノを通じてベインズはエイダと向き合い、エイダも自分の好きなピアノを弾くことができて、スチュアートよりも親密な時間を重ねることになっていくプロセスは、違和感がないほど自然な流れに思えました。

夫への貞操を裏切るエイダの行為は確かによくないけれど、スチュアートやドレスのコルセットの窮屈さから解き放たれる場所をエイダは求めていたわけでしょう。

ラストでエイダは大切なピアノを手放す決断をして海に投げ捨て、足に絡まったロープで自らも水の中に引きずり込まれますが、一旦は死のうかと思いながら生きていこうと決意する感じは、生まれ変わって人生の次への一歩を歩み出す力強さだと捉えました。

マイケル・ナイマンはピーター・グリーナウェイ作品におけるミニマルっぽいアプローチの無機質な印象が強く、こういう叙情的でエモーショナルな路線の音楽もやれる人なんだなぁと、当時はかなり意外でした。でも、世の中のナイマンのイメージは、「ピアノ・レッスン」を挙げる人が多いでしょうね。それにしても主題曲は何度聴いても美しいです。

そういえば、エイダ役のホリー・ハンターはデヴィッド・クローネンバーグの「クラッシュ」に、スチュアート役のサム・ニールはアンジェイ・ズラウスキーの「ポゼッション」に出てるんだよなぁとふと思い出しました。
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