YasujiOshiba

死刑執行人もまた死すのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

死刑執行人もまた死す(1943年製作の映画)
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U次。24-75。ブレヒトのことを調べていてこのタイトルと出会う。名前は知っていたけれど未見。今日は縁があると思ってクリック。

見ておくべき作品。まずは映画として面白い。アンナ・リーがよい。見ているだけで物語に引き込んでいってくれる。初心なボムシェルが政治的に目覚めてゆく。

備忘のために:

- ベルトルド・ブレヒト(Bertolt Brecht)は見るからにドイツ名なので簡略化されてバート・ブレクト(Bert Brecht)と表記されたそうだ。

- 背後にあるのは1942年の「エンスラポイド作戦」(Operation Anthropoid)。Anthropoid とは「人間に似た」という動物学の用語で、たとえば「類人猿 anthropoid ape」のように使われる単語。ようするに「類人作戦」というところか。まあ、作戦名だから無意味でいいのだけれど、人間に似た悪魔のようなヤツをやっつけるという意味なのかもしれない。

この「エンスラポイド作戦」は、親衛隊大将や国家保安本部(RSHA)の初代長官で、当時はベーメン・メーレン保護領総督であったラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画。立案はイギリスだとされる。

1942年5月27日、チェコのプラハで乗車中だったハイドリヒは銃撃と爆破攻撃を受け、6月4日に容態を悪化させ死亡。映画は、ブレヒトとラングによるストーリーをジョン・ウェクスリーが脚本にしたとされるのだが、暗殺事件から1年もたたないうちの米国公開(1943年3月23日)。当時は、暗殺計画がイギリスのものだという情報は知られておらず、物語ではハイドリヒ暗殺はチェコのレジスタンスだという筋立で進んでゆく。

ただし、描き出されるのは暗殺計画そのものではなく、そのあとでおこる「血の報復」。ひとりのナチス高官の暗殺で、ウィキぺディアによると「結局、1万3千人の人々が殺害された」。しかも「リディツェとレジャーキの2つの村」に関しては、犯人を匿ったと疑われ、ほとんどの「住人が虐殺された」というのだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/エンスラポイド作戦

この「報復」は国際法上ではこういう定義になるのだろう。「他国が自国に対し,国際法には反しないが,国際間の友誼,礼譲に反する不当な措置によって不利益を与えた場合,これと同程度の行為をもって報いること」(コトバンク)。

https://kotobank.jp/word/報復%5B国際関係%5D-132414#goog_rewarded

だとしても、高官ひとりの命が奪われることが、数万人の命を奪い返すことに値するのだ。しかも、こうした政治的な報復はその後も繰り返されている。イタリアではドイツ占領下で起こったテロ事件に対する報復として「アルデアティーネの虐殺」が起こっている。30人のドイツ兵の死に対して300人のローマ市民を虐殺したのだ。

この事件については、その後イタリアにおいて、どのような議論が行われているかも含めて、小田原琳さんのこの論文が詳しい。

https://tufs.repo.nii.ac.jp/record/3132/files/ifa010023.pdf

興味深いのは、「①パルチザンは、ドイツ軍による「報復」が予想できたにもかかわらず、ラゼッラ通りの襲撃を決行した、②パルチザンは無実の人々を犠牲にしないために自首するべきであった」という主張がある。論理的には通らないとしても、感情的なわだかまりが残る。とりわけ犠牲者の家族には、襲撃さえなければ自分の愛する人が報復で死ぬことはなかったのに、というわだかまりは、容易には消えない。

この映画にもそれがある。ハイドリヒ暗殺さえなければ、あるいは暗殺者の犯人が自首してくれれば、自分の父が死ぬことはないのにというマーシャ(アンナ・リー)の感情。この感情がいかに、「決して降伏しない」というチェコの国民的な決意へと変化してゆくかが、映画のみどころか。

なお、この事件を扱った映画が『裂けた鉤十字/ローマの最も長い一日』(1973)(英語タイトル:MASSACRE IN ROME、イタリア語タイトル:Rappresaglia)。

https://filmarks.com/movies/51936/reviews/171257238

それにしても「報復」の問題は根深い。とりわけこの名前のもとに現在進行中の虐殺を目の当たりにしているだけに、ほんとうに胸が痛む。
YasujiOshiba

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