死刑執行人もまた死すの作品情報・感想・評価

「死刑執行人もまた死す」に投稿された感想・評価

1234

1234の感想・評価

4.3

このレビューはネタバレを含みます

かなりおもしろいが、前半はプロパカンダが鼻について白ける ナチスの悪さも市民のカッコよさも雑い よく考えてある脚本なのに処刑ですとか言われてもなんともかんじない そうですかてなる
が、後半はレジスタンスがナチスより狡猾で盛り上がった
密偵がドイツ語ジョークに笑ってしまうとこが漫画ぽくてよかった
ラストの「NOT END」のながれがきれい
Ricola

Ricolaの感想・評価

3.8
ナチスドイツ占領下のチェコスロバキアでは、「死刑執行人」の異名を持つ副総督のラインハルト・ハイドリヒの暗殺をきっかけにゲシュタポは何人もの人質をとるなど犯人逮捕に躍起になっていた。

真犯人を匿っていたマーシャ・ノヴォトニー(アンナ・リー)は、そのために自分の父親のノヴォトニー教授(ウォルター・ブレナン)が人質にとられてしまい父の命を助けるために犯人に自首を懇願するが…。


「自由とは勝ち取るものだ」
と、ノヴォトニー教授が作中に語っていたが、敵を殺した「英雄」のために何人もの命が奪われることが果たして正義なのだろうか…。

実際にあった副総督殺人事件から着想を得た映画だそうだが、こんなことが現実だったということを信じたくないほど。

一定の緊張感に苛まれる怖い(視覚的の怖さではない)映画だった。

戦争の怖さはもちろんだが、集団心理、人間が窮地に追い込まれたらどうなるかという怖さ。
abdm

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3.0
捕まえた重罪人(ナチにとっての)を人知れぬ道まで連行しそこで拘束を解き、「お前は自由だ」と言いその人は当然のように頭の上に「?」を浮かばせつつも自由を歓喜し逃げるように走り去る。
そしてある程度離れたところからゆっくり銃口を向け背中に何発か弾を打ち込む、という処刑法は実際にあったらしい。
『アポカリプト』でもそういえばそんなシーンあったなぁ。残酷だ。
他にも本で読んだような恐ろしい出来事であったり当時の地下組織の実態を映像で観ることができ、ストーリーであったり凄演出によるサスペンスである以前に教養として楽しめた。
しかも戦時中に作られた映画だからね。
ラストのNOT(諦めない)の文字がデカデカと出てきたところでより実感が湧く。
フリッツラングがどれほどナチを憎んでいたかが十分伝わる。ナチ側の奴らがバカっぽく描かれていたのは最高だった。
【ドイツ語!ドイツ語!ドイツ語!】
◉1946年度ヴェネチア国際映画祭特別賞(フリッツ・ラング)受賞。
ヒトラーの肖像画が神々しく掲げられている部屋で圧倒的な不気味な存在感で周囲を恐怖に陥れる副統督、通称「死刑執行人」。舞台はナチス・ドイツの占領下のチェコ。チェコ人に対して「ドイツ語!ドイツ語!ドイツ語で喋れ!」と怒鳴り散らす。この冒頭のシーンしか「死刑執行人」は登場しないのに、脳裏に焼き付くほどの凄まじい印象だった。神経質な容姿と怒鳴りながらもどこかしら笑みを浮かべているような様子が本当に恐ろしい。でも彼はこの数分のシーンの後、暗殺されてしまう。そしてこれが物語の軸となる。
暗殺実行犯と一部始終を目撃した結婚間近の女性マーシャ。正義感からか、暗殺実行犯の逃走経路の嘘の供述をする。暗殺実行犯が逮捕できないゲシュタポは、重要参考人の彼女の父親やその他の容疑者を人質にして、次々と処刑していく。嘘の供述をする者、暗殺実行犯を匿っている者は本人のみならずその家族も処刑されてしまう。このジレンマと闘うマーシャ。自分と家族が危険な状態にありながらも、彼女の頭の回転の速さや勇気が最後はキラリと光る。ものすごいサスペンス映画だった。
傑作。こんなに力強いメッセージを感じる作品もそうないとおもう
イワシ

イワシの感想・評価

4.5
再見。この映画のレジスタンスが妙に恐ろしく、『M』のギャングたちと同じように見える。裏切り者の密告者が陥る悪夢的粛清はラングのアメリカ時代のフィルム・ノワールの先触れのよう。メスを握った手術服の二人が分身したかのように刑事ににじり寄るシーンも不気味だ。
mizutama

mizutamaの感想・評価

4.1
チェコスロバキアのエンスラポイド作戦とナチスの金髪の野獣ハイドリヒの背景とか理解した上で鑑賞。
KyokaT

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3.9
この年代の映画としては良いけど、色々とはいりこみずらさがある
shatoshan

shatoshanの感想・評価

4.4
ルビッチとは対照的にプロパガンダから一切の風刺を省いて最後まで敵の強かさを強調する事で、描かれる自由への闘争が一層質感あるものになっている
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〖死刑執行人もまた死す〗
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もうね、大・傑・作!

舞台はナチス・ドイツに支配されたチェコスロバキア。「死刑執行人」と恐れられた副総督ハイドリヒが暗殺され、秘密警察ゲシュタポは捜査に乗り出す。彼らは暗殺犯の逮捕に犠牲を厭わず、人質と称してなんの罪もないプラハ市民を次々と処刑し、暗殺犯を炙り出そうと躍起になる。
しかし、自由を求めるプラハ市民たちは、暗殺犯を英雄と讃え、ゲシュタポの残忍非道な尋問に耐えてゆく。

たとえば、ひとりの命のために、いくつの命が犠牲になるのかということ。

大きく遠い先の未来のために、近い未来を踏み潰さなねばならないということ。

大切な何かを得るために、人道や信念に反した行為を背負っていくということ。

重厚で突き刺さる傑作を作り上げるフリッツ・ラング。1940年代の作品でありながら、近年の社会派サスペンスにも勝るとも劣らないこの重苦しさ。
この時代にもこんな傑作撮る人がいるんですよ…

物語は、暗殺犯である医師スヴォボダと、父を人質にされ巻き込まれていく娘マーシャを中心に進む。
そのなかで描き出される辛く痛々しい現実たちが、生々しくも繊細で、芸術的で、当時の市民ひとりひとりの心情を浮き彫りにしながらドキドキハラハラさせてくれるサスペンス展開にああもうとにかく惚れ惚れする。

ヒッチコックに社会的エッセンスを加えたような。地下倉庫の話し合いや、スヴォボダの部屋にガサ入れに入るシーン、病院のロッカールームもオールドムービーらしいサスペンスの作りが随所に光ってて良い。
ヒッチコックもスパイものとか破壊者とか好んで撮っていたけど、展開重視なのでどうしてもライトになってしまう。そのぶんラングが撮るとなんとまた重いこと。

ラングの映画を観ていてふと気づいたのが、「椅子」の存在感。この映画には二種類の椅子が登場する。安っぽい木製のダイニングチェアと、ふかふかのカウチソファ。
前者が登場する拷問シーンはたいへん印象深いです、果物屋の女将の取り調べであるが、椅子に座らせて拷問するのではなくて、すぐに取れる椅子の背もたれを何度も何度も拾わせる。そして警部は、ぶしゅっと汁を飛ばしながらソーセージ食ってる(←こういう風刺が効いている)。この絵の不気味さよ。
そして、後者といえばデブのグリューバー警部がデン!と腰を下ろしている姿がふてぶてしい。スヴォボダの部屋はとくに名シーンじゃなかろうか。しかし、彼が最後に座り込むのは、というのがまたおかしな話。

単純に観てこの映画のチェコ人の心の強さに感銘を受けるが、その時代の必死さの結晶がこうなるのかと。でも難しい問題です、道徳的な。ひとりの命を守るのに多くの命が失われていいのかという。その人しだいではありますが。

結末はこの時代にはちょっと意外な感じ。必ず白黒つける勧善懲悪が多いオールドムービーにしては、皮肉で、後味悪くて、どこか悪が勝っている印象は否めない。

タイトルが素晴らしく、また、ラストのクレジットも観た人にたいへん大きな爪痕を残してくれるモノクロムービーの傑作なのでぜひコレは観てほしい。
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