ショーン・ベイカー監督による現代的なアンチ・シンデレラストーリー。第97回アカデミー賞で5部門を受賞し、批評家から絶賛される一方で、一部には疑問の声もある。脚本はショーン・ベイカー自身が執筆。ニューヨークのストリップダンサー・アノーラ(通称アニー)がロシア財閥の御曹司イヴァンと契約恋愛から結婚に至り、彼の家族との対立や逃走劇に巻き込まれる物語。物語の構成は巧妙で、序盤の軽快なロマンティックコメディから、中盤以降はサスペンスへと急展開する。しかし、このジャンル転換が大胆すぎるため、観客によっては唐突さを感じる可能性がある。特に問題となるのは終盤の展開。アノーラが自らの力で道を切り開こうとする姿勢が描かれる一方で、結末が曖昧で希望を抱きにくい印象を与える。この点については「現実的」と評価する声もあるが、物語全体のバランスを損ねていると感じる部分も否めない。主演のマイキー・マディソンは、ストリップダンサーとしての日常や困難に立ち向かう姿をリアルに演じた。特に中盤以降、イヴァンの家族との対立や逃走劇で見せる感情表現が圧巻。ダンスシーンでは身体的表現力が際立ち、キャラクターに説得力を与えている。ただし、彼女の演技が物語全体を牽引する一方で、キャラクター自体の内面描写が浅いため、観客との感情的な距離感が残る。ロシア財閥の御曹司として登場するイヴァンを演じたマーク・エイデルシュテインは、甘さと優柔不断さを絶妙に表現。特に彼が家族との間で葛藤するシーンでは、その未熟さと無責任さが浮き彫りになる。一方でキャラクターとしての深みには欠け、単なる「お坊ちゃん」の域を超えられていない印象も。冷静沈着な用心棒イゴール役を演じたユーリー・ボリソフは、物語に緊張感を与える存在。彼の静かな威圧感と計算された動きが印象的だが、キャラクター自体がステレオタイプ的な描かれ方に留まっている点は惜しい。怒りっぽいお目付け役トロスを演じたカレン・カラグリアンは、コミカルな要素と冷酷さを兼ね備えた演技で物語にアクセントを加える。ただし、その過剰なキャラクター性が物語全体のトーンとやや乖離している。ドリュー・ダニエルズによる手持ちカメラ撮影は臨場感あふれる仕上がり。ニューヨークやラスベガス、ロシア邸宅といった多彩なロケーションをリアルかつ生々しく描き出している。ただし、一部シーンでは映像表現が過剰で観客の没入感を妨げることも。ジョスリン・ピアースによる衣装デザインはキャラクター性を巧みに反映。アノーラの派手な衣装やイヴァン家の豪奢なインテリアは、それぞれの世界観を象徴している。一方で、美術全体には過剰装飾とも取れる部分もあり、視覚的な情報量が多すぎる場面も。ショーン・ベイカー自身による編集はテンポ良くまとまっており、多くの場面転換や速射砲的な台詞回しにも対応。ただし、一部シーンでは編集ペースが急ぎすぎており、観客が物語についていけない可能性もある。音楽監修マシュー・ヒアロン=スミスによる選曲は秀逸。クラブミュージックから哀愁漂うバラードまで幅広く使用されており、それぞれの場面ごとの感情を効果的に高めている。ただし、一部楽曲は場面との親和性に欠ける印象も。『ANORA アノーラ』は、その独創性とテーマ性で高く評価される一方で、一部要素には粗さも目立つ作品。主演マイキー・マディソンの圧倒的な存在感とショーン・ベイカー監督ならではの映像美学によって際立つものの、脚本やキャラクター描写には改善の余地ありと言える。
作品 Anora
監督 (作品の完成度) ショーン・ベイカー 112.5×0.715 80.4
①脚本、脚色 ショーン・ベイカー B+7.5×7
②主演 マイキー・マディソンA9×3
③助演 マーク・エイデルシュテイン B8×1
④撮影、視覚効果 ドリュー・ダニエルズ B8×1
⑤ 美術、衣装デザイン 美術 スティーブン・フェルプス 衣装 ジョスリン・ピアース A9×1
⑥編集 ショーン・ベイカー
⑦作曲、歌曲 B8×1