「グランメゾン東京」が三つ星を獲ってから数年。尾花は悲願である本場フランスでの三つ星獲得を成し遂げるため、凛子たちとともにパリへと渡り、「グランメゾン・パリ」を開店。しかし結果が振るわずテナントの大家であるかつての師から立ち退きを命じられた尾花は、次のミシュランで三つ星を獲れなければフランスを去ると約束をしてしまう。
🎍𝑊𝑒𝑙𝑐𝑜𝑚𝑒 𝑇ℎ𝑒 𝑁𝑒𝑤 𝑌𝑒𝑎𝑟🎍
昨年はわたしの拙いレビューを読んでいただき、また素敵な作品をたくさん知る機会をくださってありがとうございました。
新しい1年が皆さまにとってより良きものとなりますように。
2024年の新規映画鑑賞数は124本(前年比マイナス87本😞)でした。
2年連続で大幅に減っているのでかなりへこむが、理由は体調不良だけでなく、今年はドラマを90本も観たこと、同じ映画を何度も観返したこと、そして音楽にかなりの時間を使ったことが挙げられる。映画だけが趣味ではないので仕方がないのだが、どうも悔しい。2025年はもう少し映画を観よう。
ということで新年初映画は「グランメゾン・パリ」。
⚠️ここからネタバレ含む
三つ星を獲れない焦りと苛立ちから傲慢になり、仲間の心も、自分がフランス料理に魅せられた理由さえも見失ってしまう尾花。あんなひどい言葉を浴びせられてもなお、尾花に星を獲らせたい一心で行動する凛子は恰好よすぎる。
周りが見えなくなった尾花は最悪だけど、やっぱり人を見る目だけはずっとあるし、料理を愛する熱い芯も変わらない。同じアジア人で泥臭く必死に夢を追い、何度希望を打ち砕かれても諦めないユアンを気にかける尾花の姿には彼の根っこの人の良さを感じる。
それをきっと誰より分かっているし、信じているし、彼の料理を心から愛しているのが凛子。「もう諦めよう」と尾花に言ったのは「諦めるわけがない」と怒ってほしかったからだ。
韓国人パティシエ・ユアンは自信過剰な俺様気質かと思いきや、フランス料理に魅せられた尾花と同じように、スイーツに魅せられて自分のパティスリーを開き、尾花に引き抜かれた今でも借金をしてまで研究をする職人。
そんなユアンと借金取りが見せる展開はひたすらに重く、果たしてここまでの暗さ、重みが必要なのかと疑問に思う観客も少なくないと思う。
しかしわたしはあれを観られてよかった。決してユアンに傷ついてほしいわけではない。繰り返し身も心も踏みにじられる姿にひどくショックを受けたし、怒りも湧き上がったが、ユアンの「諦めない」と叫ぶ声は、こんな言葉は相応しくないと理解した上で敢えて書き残すがあまりにも愛おしく、激しく心を掴まれるほどに鮮烈な響きだった。
きっと世界中にユアンのような夢追い人がいるだろう。夢を叶えるためにはお金が要る。パトロンなんて簡単には見つからないし、お金を貸す仕事をしている人はそれを取り立てなければならない。
とはいえユアンが借りてしまったあの連中はたちが悪すぎるが、火事のせいで売り物にならなくなる高級チーズを尾花が躊躇いなく買い取り、その行いが地元の生産者たちに知れ渡り信用を勝ち得て良い取引ができるようになるという流れには、少なくともわたしは説得力があると思った。
実際にはこんなにうまくはいかないだろうが、実際にはうまくいかないことを叶えてみせるのがフィクションだ。人間の善性を信じたくなるのがフィクションなのだ。
全員で食事をしながら料理のアイデアを出し合い、それぞれが誰かのヒントとなりながら完成した、あの奇跡のような圧巻のフルコース。どれも芸術的だったが、相沢のサラダと、尾花・凛子のピティヴィエが素晴らしかった。ピティヴィエをカットするときの緊張感がこちらにまで伝わり、現れた美しい断面には息を呑んだ。ホールとキッチンが一体となり提供するそれらを目で、耳で、鼻で、舌で味わい尽くすリンダ、ルイ・ブランカン、その息子のパスカルの、それぞれの表情が忘れられない。
ルイが尾花に問うたもの。それはすべての料理と食材、生産者に敬意を払い、異国の文化を取り入れて昇華させ、歴史あるフランス料理をさらに進化させる第一人者になる覚悟はあるのかということだ。フランス料理界の重鎮であるルイ自身が、日本の刺身や藁焼きを深く愛し、そこからインスピレーションを受けて自身のレストランのかつてのスペシャリテを完成させたほどの人だったのだから。
三つ星の条件は「そのために旅行する価値がある卓越した料理」。その上、四つ星の価値をルイは尾花に示した。
涙が止まらなかった。王道だと分かってはいるが、王道がなぜ王道なのか。何度触れても大きく心を揺さぶられるから王道なのだ。
京野と凛子の関係性の変化(があるのなら)も描かれるのかと思っていたが、逆に蛇足になっただろうから無くてよかった。
今回料理監修を担当したのは、2011年にパリで開業し、2020年には実際にフランスのミシュランガイドでアジア人初の三つ星を獲得した「Restaurant KEI」の小林圭シェフ。
小林シェフはインタビューの中でこんなことを言っている。
「自分ではまだ何も乗り越えていないし、まだ何も成し遂げてない。僕ら料理人の仕事って、実は後悔ばかりなんです。苦しいことばかり。嬉しいことは1%、苦しいことが99%、いい職業とはいえないですよ」
「私は、この職業をもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。先ほども言いましたけど、この世界は辛くてキツいことがほとんど。けれど、1%の喜びのためにどんなことも頑張れるし、それを伝えたいからこそ、映画の監修を引き受けたという面もあります」
どんなに苦しくても、ひとかけらの甘美な喜びのために走り続ける、それはまさに尾花の、凛子の、ユアンの、皆の生き様そのものだと思った。