EmiDebu

ファーゴのEmiDebuのレビュー・感想・評価

ファーゴ(1996年製作の映画)
4.5
コーエン兄弟にハズレなし!
そもそもこの映画の評価をキッカケにその名を轟かせるようになった、監督にとって転機のような映画ではあるがまさに傑作でした。

コーエン兄弟らしい、大陸的な背景とただのんびりと過ぎていくバイオレンス。この表現によって、この広大な土地のどこかで今日もまた凄惨な事件が起きて人の命が奪われている日常を客観視できる。ばーん!とわかりやすく表現するのではなく、例えば歴史の教科書を読むようにその事柄をなぞるのだ。

思うに、ノーカントリーやトゥルーグリッド、ビッグリボウスキでもそうだが、コーエン兄弟の作品はストーリーの中心に当たる事件にあえてスポットライトを当てず、むしろ描かれるのは本当に些細な登場人物の心理描写なのだろう。

妻を誘拐させ、義父に身代金を払わせようと企てるジェリー。本来ならうまくいくかもしれなかった計画がひょんな事柄をキッカケに二転三転と思わぬ方向に転がっていく。

ざっとこんなあらすじを書いてみたが、これに騙されてはいけない。これはあくまでコーエン兄弟が「幸せ」の定義や、金銭を中心とする人々に対する憐れみ、そして淡白なアメリカ的な生活様式を描くための枠組みでしかないのだ。

事件を追う妊婦の婦人警官マージ。彼女の淡々とした暮らしぶりこそアメリカ的で、おおよそ日本人が思い描く華やかでパーティ三昧な、退屈とは程遠いアメリカ像とは違うものだろう。確かにそういう人たちもいる。むしろメディアによって描かれる多くはそのような人種の生活だろう。しかし、例えば友人に観光用のヘリコプター操縦士をやってるアメリカ人がいる。彼はただでさえ退屈な生活の中1ヶ月近くの有給の消化を強いられ「死んだ方がマシだ」とボヤく。ティーンエイジャーならつゆ知らず、50代の彼の生活は退屈以外の何ものでもないのだ。

しかし、それは不幸なのだろうか。過労死がある国と呼ばれる日本ではむしろ羨ましいと思う人もいるだろう。誰しも金持ちになって、それこそ華やかな生活を思い描いてしまいがちだろうけど、側から見ると退屈に見えるマージの生活こそ実は根源的な人間の幸せなのではないか。
今、首都圏から秋田に移住しようとしてる俺に対して「なんでそんなところに行くの?」と尋ねる人が少なからずいる。でもどうだろう、東京に住む友人と、秋田に住む友人、どちらが幸せかと客観的に周りを考えると圧倒的に秋田の友人の方が幸せそうなのだ。
秋田の友人の多くは、地方特有の低い賃金に嘆き、娯楽も多い東京の生活にある種の夢を抱いているもののニコニコ過ごしている。一方賃金の高い首都圏に住む人ほど競争や人間関係によって疲弊しているように見える。個人的な感想ではあるが。
昔とある番組で東大生と、あまり学歴のない人達の幸福度を調査した結果、学歴のない人の方が幸福度が高かったその結論に似ているかもしれない。

この映画では、多くを求めようとするものほど報われなくて、対照的に田舎であまり大成しない太った夫と小さく暮らすマージだけが幸せを口にする。物質主義の世の中では「なんでそんな暮らしをしてるの?」と思う人もいるだろう。秋田への移住を疑問に思う人のように。しかし、各々の幸せの定義とは本来必ずしも他人に理解されなくてはならないものではないはずだ。マージの「こんなにいい日なのに」というセリフによって、視聴者はそのことにハッとさせられるのだ。

これを華やか生活に対する羨望から発された言葉なのか、それともこの淡々とした生活の中に幸せを見出すマージの価値観からの言葉なのか、その判断は視聴者に委ねられたものだと思いますが、とにかくこのコーエン兄弟特有のシニカルな世界観を存分に味わってほしい。
EmiDebu

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