マットレスの新人セールスマン長門裕之の試行錯誤の日々をユーモラスに描くSP。同監督翌1962年の姉妹編『サラリーマン物語 新入社員第一課』に比べるとナンセンス色は薄く、ヒューマンな味付けの会社喜劇になっている。
長門は喜劇的才能をのびのびと発揮して快調、全編よく動いて気持ちが良い。喜劇作家としての井田の才能が光る。対セールスマン百戦錬磨の難敵由利徹は出番多く、ファンには嬉しい。植木職人のオヤジなんだが、家にいつもクラシックのピアノ曲が何気に流れているのが地味に可笑しい。その由利と左卜全が直接芝居で絡むのは、けっこう珍しいかもしれない。
高度経済成長期らしい活き活きとした表情の快作と言って良いが、同時に井田の社会派としての顔も覗き始めた感じがある。セールスマンなんて何処でも押し売り扱い、ムショ帰り扱いされて差別されるだけじゃないかと、明るかった同期の武藤章生がひっそり退場していくあたりには、社会的な憤りが見て取れる。我々コネのない裸一貫の人間になれるのはセールスマン稼業くらいといった先輩森川信の台詞も出てきた。前向きとばかりはいかぬ社会の苦みある。
商売は数字だけじゃないと若手長門を暖かく励ます営業部長冬木京三の存在が映画をヒューマンにまとめていくが、忘れてならないのは彼が成績の振るわぬベテラン森川をあっさり首切り宣告出来る人物でもあることだ。プログラム・ピクチャーの枠組の中、この矛盾に主人公は気付くことなく、男たちのネットワークに能天気に丸め込まれてしまうのだが、そこをいや違う、それでは駄目なんだと吉行和子に言わせたのが、同じ長門主演で60年安保その後の青春を描いた井田の次作『街に気球があがる時』であった。そしてその映画の最後で吉行が歌う労働歌「若者よ」は、『青春を返せ』(1963)冒頭、芦川いづみによって静かに力強く歌い継がれていくことになる。