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The Falling Star(英題)
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『The Falling Star(英題)』に投稿された感想・評価

3.4
2023年のドミニク・アベル&フィオナ・ゴードン監督作品。ベルギー人のアベルとカナダ人のゴードンは1980年代にパリで出会った。2人は身体の運動とダンスに共通の情熱を持ち、ブリュッセルを拠点に自ら脚本、演出、出演するバーレスクショーを制作し、国際ツアーで上演した。彼らの映画を観た時の印象が演劇やサーカスの伝統から切り離せないのは、彼らのキャリアの初期のこういった経歴が作品に活かされているからだ。長編第1作の『アイスバーグ!(2005)』はファーストフード店で働くフィオナがある日、店の冷蔵庫に一晩閉じ込められるという事故がきっかけで、氷や雪への抑えがたい欲求が芽生え、夫や子供、仕事を捨て雪山へ旅立つ物語だ。色鮮やかなパステルカラー、アールデコ風の美術、ほとんどサイレント映画と言っていいほどセリフの少ない彼らのスタイルは第1作から確立されている。『アイスバーグ!』と次の『ルンバ!(2008)』そして3作目の『La Fée(2011)』まではアベルとゴードンに加えてブルーノ・ロミも監督にクレジットされており、彼は全作に出演もしている。アベルとゴードンの2人になった最初の監督作品である第4作『ロスト・イン・パリ(2016)』はカナダからやってきたフィオナがパリで行方不明になった叔母を探す中で、ホームレスの男ドムに出会うという物語で、役者として自分たち以外に映画界のレジェンド、エマニュエル・リヴァとピエール・リシャールが出演していたり、本来のコメディに加えてホームレスなど社会問題を取り扱ったりと幅を広げている。

そして彼らの第5作目が本作『L'Étoile filante』である。ブリュッセルのバー「流れ星」でバーテンダーをしているボリス(ドミニク・アベル)は1980年代に関与した爆弾テロ事件以来、バーテンダーとして潜伏生活を送っていた。ある日、その爆発で腕を失った被害者ジョルジュ(ブルーノ・ロミ)がボリスを見つけ出し、復讐にやって来る。銃で狙いを付けた瞬間にロボット義手が外れて失敗に終わる。ボリスの恋人でバーの支配人カヨコ(伊藤郁女)とバーのドアマンのティム(フィリップ・マルツ)は街を車で走っていると偶然ボリスに瓜二つのドム(ドミニク・アベル)を発見する。ドムはお金もなく記憶が曖昧で鬱状態にある人物で、カヨコたちは彼には命を狙われているとは告げず、ボリスの身代わりにバーに置いて姿を消す計画を立てる。服装や仕草、バーでの仕事をドムに叩き込み逃走の準備を整える。そんな時に離婚した元夫ドムを追う「犬の失踪専門」の私立探偵フィオナ(フィオナ・ゴードン)がバーにやって来る。ここでボリスとドムの交換がサスペンスになりコメディにも発展する。カヨコは身代わりのはずのドムの方に気が移ってしまい、フィオナとドムは同一空間にいるのになかなか会えないというすれ違いのギャグが発動する。

本作はアベル&ゴードンを観てきた者なら絶対に楽しめるようなギャグ(チャップリンの『モダン・タイムス(1936)』のように意図せずデモの先頭に立ってしまうものや、義手の暗殺者の繰り返される失敗など)やリンク・レイの『Raw-Hide』に乗せて常連客とバーの店員が踊るダンスシーンなど独特の身体性を活かした表現は健在で、ダンサーの伊藤郁女を加えてさらにパワーアップしている。これまでと違うのは明るさの面ではなく暗さだ。替え玉、復讐、過去の清算というアメリカの古典的なフィルムノワール作品の要素を持ち、画面こそパステルカラーで明るいものの、映画の雰囲気は憂鬱さを帯びている。アベルとゴードンのすれ違いにしても、2人の子供の墓の近くでギリギリ会えなかったり、バーのジュークボックスから流れる曲(2人の子供を思い出させる曲)を聴いてそれぞれトイレの個室で泣いたりする。隣の個室に誰がいるか分からぬまま泣いていて、トイレットペーパーが無くなったフィオナに、仕切り壁の下から自分の涙を拭った続きの紙を差し入れるドムの姿はちょっとした笑いを誘うが、同時に深い人間的悲嘆が成立する名場面だ。ドミニク・アベルが演じるボリスとドムは逃亡し続けた者と無気力に留まり続けた者、過去の罪を抱えて動き続けた身体と喪失の重みで止まってしまった身体、矛盾の両極にある身体を泣きながら笑う道化師のように1人で引き受けている。これこそが老境に入りつつあるアベル&ゴードンの新しい形なのだ。