1951年のマルチェロ・パリエーロ監督作品。イタリア人の父とフランス人の母を持つ彼は生後7年間をイギリスで過ごす。1914年に家族でイタリアに戻り、法律を学んだ後、ジャーナリズムの世界で文芸・美術評論家として活躍した。その後映画界に身を投じ、イギリス生活なども活かして外国映画のセリフの翻訳を担当していた。1940年以降は低予算映画の脚本家として映画作りをスタートさせ、1943年には監督デビューを果たすものの、第2次大戦下の情勢不安から公開が数年後になる作品や頓挫せざるを得ない作品もあった。1943年にロベルト・ロッセリーニ監督『Scalo merci』として開始された作品を、ロッセリーニと学生時代からの友人だったパリエーロは引き継ぎ『Desiderio(1946)』として完成させる。ロッセリーニとパリエーロの親交は続き、イタリア映画史どころか世界の映画史における最重要作品の一つであるロッセリーニ監督作品『無防備都市(1945)』にパリエーロはレジスタンスの指導者マンフレーディ役で役者として参加する。続いてロッセリーニ作品『戦火のかなた(1946)』の脚本を共同執筆し、米国アカデミー賞の脚本賞にノミネートされる。戦後のイタリア映画の潮流ネオレアリズモの中核にいたパリエーロは1947年にフランスに移住し、ネオレアリズモ的技法とフランスの詩的リアリズムを融合させた独自のスタイルを確立させる。1950年の『Un homme marche dans la ville』はル・アーヴルを舞台に港湾労働者の生活を描いたメロドラマで彼の代表作であるとともに共産主義メディアなどから激しい批判が寄せられた作品でもある。続いて作られた本作『ブラモールの恋人たち』でもセーヌ川の支流の運河地帯を舞台に貧しい船乗りの生活を力強く描いている。