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ポーラXのayのレビュー・感想・評価

ポーラX(1999年製作の映画)
5.0
高名な外交官の息子で覆面小説家のピエールは、異母姉だというイザベルが突然現れたことで父の過去を知り、ノルマンディーのシャトーでの恵まれた生活を捨てて彼女とともにパリに出る。「ポンヌフの恋人」の無邪気な輝きから8年後にうまれた、みる人の現実感をゆるがす闇。

再見。前にみたのは学生のときで、カラックスの名前も知らないまま偶然DVDを借りた。ショックを受けつつデリケートで破滅的なこの作品に魅かれてしまって、そのことを素直に認めていいのかわからなかった。
今回は、映像と音楽に深く身を沈めながらスクリーンでみて、手のこんだ美術セットや衣装のこだわり含め濃密な表現にひたった。本作のみカラックスと組んだエリック・ゴーティエの撮影が素晴らしい。35ミリと16ミリを使い分けたフィルムの粒感の微細なコントラスト。時間と空間の抵抗をふりきるように浮遊するカメラ。かと思えば、階段、屋根、歩道橋、崖などの高低差を利用して、旋回し堕ちてく運動をひたすら捉える。Tiltのスコット・ウォーカーによる音楽も熱かった。強い残響イメージの電子音楽や不協和音で、ピエールの純粋で複雑で無秩序な内面に、ディープに迫ってた。
夜の森の独白、母との別れ、バイクで疾走、謎の集団の演奏。いくつものシーンが記憶のなかのものと変わらなかった。森のあの薄暗さ、ピエールがイザベルを追って森を歩み進むごとにみてるわたしも記憶の底まで強い力で引きずりこまれるような感覚は、以前と同じもの。

「ポーラX」は、公開時に世に理解されず、カンヌで批判され、興行的にも失敗だったそうだけど、自分のことをふり返っても、普段は意識下に秘められたものを眼前に突きつけられると、人はどうしてもすぐにはそれを認められないんじゃないかな?と思う。光のような「ポンヌフの恋人」のあとには闇を芸術にして折りあいをつけなければ、カラックスは映画作家として成熟できなかったんだろう。ピエールとイザベルの関係は、カラックスと彼自身の精神の闇、みるのを避けたい彼自身の隠れた影との関係でもあったんだろう。
 
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