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The Suspended Vocation(英題)の映画情報・感想・評価・動画配信
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動画配信は2026年8月時点の情報です。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。
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目次
The Suspended Vocation(英題)が配信されているサービス一覧
The Suspended Vocation(英題)が配信されていないサービス一覧
The Suspended Vocation(英題)の評価・感想・レビュー
The Suspended Vocation(英題)が配信されているサービス一覧
『The Suspended Vocation(英題)』が配信されているサービスは見つかりませんでした。
The Suspended Vocation(英題)が配信されていないサービス一覧
『The Suspended Vocation(英題)』に投稿された感想・評価
櫻イミトの感想・評価
2026/08/27 12:08
3.8
フランスの異端作家ピエール・クロソフスキー×シュール系監督ラウル・ルイスの共同制作第一弾。撮影は「去年マリエンバードで」(1961)のサシャ・ヴィエルニー。原作はクロソウスキーの同題処女小説「中断された召命」(1950)。
最初にルイス監督自身がナレーションで、“この映画で描くカトリックの派閥対立に、チリ革命での幻滅を投影した”と語る。本編冒頭の映画の説明~1942年、修道士の一団が“信仰への道のり”を描くモノクロ啓蒙映画「中断された召命」の撮影を終了したが未完成に終わった。20年後の1962年、別のイデオロギーを持つ修道士会がカラーのリメイク版を制作し完成させた。10年間の上映を経て、この2つのバージョンを編集で統合した――。
司祭としての使命に疑問を抱く若い修道士ジェローム。新しく派遣された教区では伝統保守的なイエズス教会と、修道女アンジェリカ(モノクロ版はエディット・スコブ)が率いるマリア信仰修道院があり、教会は彼女らに「異端」の懸念を抱いていた。ジェロームは両者を行き交う内に、教会の権力志向とアンジェリカのカルト性を帯びた信仰に挟まれて、自身の「召命」の意味を見失っていく。。。
クロソウスキー×ルイス監督の第二弾「盗まれた絵画の仮説」(1978)が凄く好みだったので遡って鑑賞。
これもかなり面白く好みだった。「同じストーリーだが作風の違う、モノクロ版とカラーのリメイク版を交互に組み合わせて完成」という設定で、2本の映画の登場人物は同じだがキャスティングと演じ方はまるで違う。
例えるなら、1940年代にドライヤー監督かブレッソン監督が撮ったモノクロ宗教映画と、1960年代にブニュエル監督が皮肉気味に撮ったカラーのリメイク版を、それぞれ再現してミックスしている感じ。両バージョンの映像と演出ニュアンスも各時代風に施されているが、撮影が名匠ヴィエルニーなのでパロディのような安っぽさは無い。
クロウスキーの原作は「過去の宗教教養小説を入手した現代の語り手が、その内容を批判的に紹介する」というメタフィクショナルな設定。「ユリイカ」に掲載された日本語訳を読んでみたが非常に難解だった。
この原作の映画化にあたり本作のような手法を取ったのは秀逸な最適解だと感心する。宗教感と時代の違いがフィックス中心のモノクロ版と動的なカラー版の違いによって一目で解り、また、真面目に作られた旧バージョンの後に批評的に演出された新バージョンを重ねることで、保守的教条的な従来の教会体制への痛烈な批判が伝わってくる効果を生み出している。
後半、マリア信仰を語るエディット・スコブの顔に突然強めの照明が当たり「神の召命」を表す演出には、ドライヤー監督へのオマージュが感じられた。クロソウスキーのタブロー・ヴィヴァン(活人画)の概念を理解するラウス監督なので、過去の名画を記号的に取り込むのはお手の物だろう。本作における監督のイデオロギーはカラーパートのブニュエル監督風な反体制に軸足を置いていて、モノクロパートは保守の象徴として置かれているが、批判対象として記号化されているのはドライヤー監督ではなく、教条主義的なブレッソン監督だったのではないか。
ラストシーン、挫折し教会を出ていくジェロームを入り口で見守る中間的な立場の修道女の構図が何を意味しているのか。現時点では自分には良く解らないのだが、おそらく「見る・見られる」の主客逆転を描いたように思う。
個人的にはとても興味深く楽しめたが、キリスト教についての最低限の教養や興味がない向きの日本人にとっては退屈だと思われる。
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