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ピアニストのyokoのレビュー・感想・評価

ピアニスト(2001年製作の映画)
5.0
ぶつ切りの人生

なぜピアニストなのか。ピアノは他の楽器と違って単独でも成立しうる楽器。和音とメロディを同時に奏でられる。フルートやヴァイオリンではこうは行くまい。もちろん音を合わせる必要もあるシーンもあるが、単独でも成立する。そのピアノの特性を主人公の孤独さと掛け合わせている。

他人にぶつかるシーンがあるが、気づかずぶつかったというよりは、今でいうぶつかりおじさんスタイル。物理でなくとも人と衝突してきた人生の例えだろう。

なぜシューベルトか、主にシューベルトを主人公はピックアップしていると思うがシューベルトといえば「未完成」の代名詞、wikiったところ交響曲6曲が未完成らしい。主人公の人格が未完成であるとも言えるし、未完成さに人は惹かれるというテーマなのかもしれない。ハネケが昔撮ったカフカの「城」も原作が未完成だが、カフカの力量足りなく未完成というよりは、未完成というぶつ切りを持ってしてこの作品は完成なのじゃ!という意味もあるのではないか。

もう一つシューベルトのwikiから、シューベルトをテーマとした理由に曲をつける詩の完成度を彼は頓着しなかったらしい。これは主人公のSM手紙への文言を稚拙な文章と自己反省するところにも見られる。ピアニストであり詩人ではないシューベルトと彼女の共通の特性ではないか。勝手なイメージだがベートベンならザ濃厚な詩に曲をつけそうだしモーツアルトならどんな詩でも軽妙洒脱にできるそれが個性としてありそうだが。

彼女の教育スタイルは多分スパルタだが、技術的なことより解釈を重要視している向きがある。シューベルトも楽譜に変な記号があってデクレッシェンドとするかアクセントとするか論争があるらしい。人の長所も短所も相手の解釈次第、SM手紙を読ましてあなたの解釈次第よと読ませるシーンに繋がると思う。

ピアノ以外にクローズアップしてるのがフィギュアスケートとアイスホッケー、ストーリー的にはなくても困らなそうだがあるということは意味がある。単純に美のために存在する女と力のために存在する男、美とマッチョさそのどちらでもない主人公みたいな。いわゆるゆるふわな性愛、そこに生きられない音楽に全てを捧げた人間の末路?彼はアイスホッケーをしているが彼女はピアニストでありフィギュアスケーターではないのだ。破綻も必然か。

ラスト
凡百の映画だと自死して倒れた血溜まりに、係の女の人が気づいてきゃーという悲鳴で終わるとか、男を刺して狂気の笑いの中で佇む主人公とかになりそうなものだがそうならないのが素晴らしい。爽やか笑顔で自分をスルーする男を見て、自分を刺すのだが自死のつもりはないだろう。男の振る舞いによっては違う結果もあっただろうが。おそらくアクセント記号のようなものだと解釈。また多分どこかで母親と一緒に暮らし、ピアノを教えながら暮らしていくのだ。ピアノに全てを捧げた人間として。彼女の人生はあそこでもう変わらないから、完成したからあのシーンで終わる。

ピアニスト、ラブロマンスというミスリードが多くて低評価も散見するが、ハードコアシューベルトみたいなタイトルならわかりやすくて良かったかもしれん。

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