Genichiro

羊たちの沈黙のGenichiroのレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
5.0
今年150本目でした。黒沢清・高橋洋が言うところの「アメリカンの中でヨーロピアンをやる」というジョナサン・デミの試みが見事に結実し、今作以降の映画におけるありとあらゆる現代的な「暗さ」表現に影響を及ぼした90年代サイコホラーの金字塔。作り手の意図を越えて一人歩きするまでになったハンニバル・レクターに注目しがちだが、今見るとジョディ・フォスター演じるクラリスあってこそのクラシックだと確信する。鷲谷花さんのツイートを見て改めて思ったけど、序盤での訓練中のクラリスのジャージの汗染みやそれと対比される男たちのスーツ姿、エレベーターで周りを男に囲まれたあのカットのようにリアリティと象徴性の絶妙なバランスによってこの作品の重みが担保されていたのだ。
「『羊たちの沈黙』は、「従来《男の職場》とされる領域に入っていこうとする女性のリアルな体験はそれ自体が《ホラー》的である」層と、「レクター博士の恐怖」の層の奇跡的バランスゆえに「重厚な名作」になったので、「レクター博士の恐怖」だけ真似しても「ぺらっ」「へなっ」となっちゃう」
うーんその通り。カウボーイハットの男だらけの現場に入ったクラリスが彼らを追い出す場面も印象深い。あと死体を調べる際に鼻の下にワセリンを塗るシーンは『ツインピークス 』の第一話で死体の爪を剥がすシーンと並び、映画内リアリティの解像度が上がっていく時代の流れを代表している、と思う。『ザ・セル』のあの猟奇殺人鬼のイメージなんてもろにバッファロー・ビルだよな。クラリスと最初に面会・議員との面会・最後のクラリスとの面会でのクローズアップ切り返し。いやー顔力(ぢから)がすごいね。そしてジョディ・フォスター、美しい…井戸の中で爪を見つけるシーンとかクラリスが倉庫に侵入して大きな瓶を見つけてしまうシーンとかの超イヤーな感じとか今見ても見事。死体の皮下脂肪は茹でたパスタにゼリーを塗り黄色く着色して作ったりとか美術制作裏話もおもしろい。レクターが脱走したあとの悲惨な殺害シーンはフランシス・ベーコンを意識したとか言われると確かにそうだなと。あまりにストレートすぎて意識してなかった。特別にマニアックなわけでもないが、このバランスは絶妙で後にも並ぶ作品はない。当然ながらノーランやフィンチャーの作家としての在り方も今作がなければ今とは違ったものになっていただろう。劇中でFBI長官役を演じるも全カットになってしまったロジャー・コーマンがデミとの対談で今作の出来の良さに鼻高々って感じでした。
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