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生きるためにの一人旅のレビュー・感想・評価

生きるために(1989年製作の映画)
5.0
ロバート・M・ヤング監督作。

アウシュビッツ強制収容所を舞台に、生きるために囚人同士のボクシングに身を投じる元ミドル級チャンピオン、サラモの運命を描いた戦争ドラマ。
みたいムービーの底に寝かせたまま5年くらい経ってしまったが、今回ようやく鑑賞することができた。実話を元にした作品ならではの重みがある。
収容所の過酷な環境が映し出される。シャワーを浴びろ!と命じられて部屋に入る女と子ども。その真上から、ガスマスクを装着したナチスが猛毒チクロンBを投入する。虐殺のシーンはそこで終わる。猛毒にもがき苦しみ絶命する人々の様子を直接的には描いていない。そして、囚人は焼却炉を前にして立ちすくむ。囚人の表情を見るだけで焼却炉の脇には何があるのか、惨たらしい現実を想像させる。
収容所には死と恐怖と絶望しかない。そうした過酷な環境の中で、サラモは生き抜くためにボクシングを開始する。ナチス親衛隊やその愛人が周囲を取り囲む中で繰り広げられる試合。奴隷のように戦わせられる囚人。ダウンした囚人にレフェリーが容赦なく蹴りを入れる。サラモの殺気に満ちた表情が印象的だ。ナチスに対する怒りと憎しみを爆発させるかのように、ひたすら鋭いパンチを打ち続ける。
収容所の環境は囚人同士の関係にも変化をもたらす。囚人が仲間と協力して生きていく、なんて甘い世界ではない。誰もが自分のことだけで精一杯。仲間の靴を盗む囚人がいたり、嘘をついてより多くの食料にありつこうとする囚人もいる。自分が生き残るために、同じ境遇に置かれた他の囚人を欺き、密告する。極限下に置かれた人間の本性と欲望が剥き出しにされていき、やがて囚人たちの心は不信に支配されていくのだ。
そして、離ればなれになった愛する女・アレグラと再会することを唯一の希望に、サラモは生き続ける。重労働の連続で足元をふらつかせながら、必死にアレグラを探し出そうと収容所内を彷徨うサラモの姿を長回しの映像で映し出した場面は鬼気迫る。絶望の中に花開く極限の愛。その力強さに圧倒されるのだ。
主人公サラモに扮したウィレム・デフォーの迫真の演技は圧巻。また、サラモの父を演じた名優ロバート・ロジアの泣きの演技も印象に残る。
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