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鞍馬天狗 角兵衛獅子のkuronoriのレビュー・感想・評価

鞍馬天狗 角兵衛獅子(1951年製作の映画)
3.8
幕末の京都。
か弱き者、正しき者が今まさに危機に陥らんとするとき、白馬を駆って颯爽と現れる黒覆面の謎の剣士。
人呼んで鞍馬天狗。
その正体は勤皇の志士、倉田典膳。

アラカンの鞍馬天狗です。
嵐寛寿郎が鞍馬天狗を演じた映画は全部で40本(42本説、46本説あり)ありまして、「男はつらいよ」に破られるまでは日本記録でした。
(ただし、アラカンは天狗と並行して「右門捕物帳」(むっつり右門)という人気シリーズも撮ってました。こっちは36本(これも異説あり)ほどあるようです。)
数がはっきりしないのは、前編後編の二本に分かれていたのを後でまとめて一本になおしたり、リバイバル上映時に全く違う題名にされたり、チャンバラ映画は禁止だとGHQにフィルムを召し上げられて燃やされちゃったりと、いろいろあるからですね。

いや、
「そもそも鞍馬天狗ってなに!?」とか言われそうな気が…(笑)。
もともと「鞍馬天狗」とは、能(のう)に出てくる鞍馬山の天狗です。源義経がまだ牛若丸と呼ぼれていた幼少にこの天狗に剣を習ったという伝説があるのです。
作中の登場人物達は、神出鬼没の謎の覆面剣士をこの鞍馬山の天狗になぞらえて「鞍馬天狗」と呼ぶわけです。
子供の頃、単純に倉田典膳が正体を隠して鞍馬天狗をやってるという設定だと思っていたのですが、唯それだけではないようです。
鞍馬天狗=倉田典膳ということは、結構多くの人が知ってて、厳格な秘密では無いようなんですね。
(本作でも角兵衛獅子の親方で目明かしの隼の長吉が倉田という名前を聞いて即座に、『そいつは鞍馬天狗の本名だ!』というシーンがあります)
実はこの倉田典膳という名前も偽名らしく、本当の謎は、鞍馬天狗という異名をもつ倉田典膳という人物、その人物の正体は何者なのかというところにあるようです。
何はともあれ、鞍馬天狗は月光仮面のような変身ヒーローもののルーツとされています。

原作は大佛次郎(おさらぎじろうと読みます。若い頃、都会の大型書店で「だいぶつじろうの本どこにありますか」と店員さんに聞いて、ものすごく軽蔑した視線を浴びせられた経験があります(笑))の小説です。
もともとは大人向けの時代小説なのですが、越後獅子の少年杉作を登場させ、子供向けに書かれたのが「鞍馬天狗 角兵衛獅子」です。
江戸川乱歩の「明智小五郎シリーズ」と「少年探偵団シリーズ」みたいな関係でしょうか???

嵐寛寿郎は、「歴代チャンバラの上手い時代劇俳優ランキング」という話になった時に、必ず「三本の指」の中には入ってくる人です。
300メートル全力疾走しながら次々とかかって来る絡み手を切払っていくというワンカット移動撮影で、着流しの着物の裾が全く乱れて無かったとか、撮影用の竹光(たけみつ)で絡み手の六尺棒を両断したとか、いろんな伝説があります。
敏捷で軽妙な立ち回りが持ち味で、まさに「天狗」のように縦横無尽に移動しつつ斬りまくる殺陣だと思います。どちらかといえば、かかって来るのをドッシリと構えて待つのでは無く、相手の構えを跳ね除けて飛び込んでいく剣ですね。
アラカンの頃はまだ「ズバッ!」「バサッ!」などという「斬る音」が発明されて無い頃(というか映画そのものがサイレントの頃から)なので、今の時代劇に慣れてる人には一見地味に見えるかもしれませんが、細かいカット割りやワイヤーなんか使わなくても、カメラ据えっぱなしの長回しで十分見応えのあるものです。

アラカン天狗の最初の一本は、マキノ・プロダクションで1927年に撮った「鞍馬天狗異聞 角兵衛獅子」です。まだ嵐長三郎名義でした。
鞍馬天狗を3本で完結させようとした会社側と争い、嵐長三郎はマキノ・プロダクションを出ます。この時に嵐長三郎という名前をマキノに返すことになって、嵐寛寿郎が誕生します。
所属会社が無くなったアラカンは、個人プロの嵐寛寿郎プロダクションを立ち上げます。そこで製作したのが、1928年版の「鞍馬天狗」。前後篇のこの映画、タイトルにはありませんがこれもストーリー的に非常に「角兵衛獅子」っぽいです。
この後も、アラカンは自身の節目節目に「角兵衛獅子」をリメイクしています。
日活での第一作も「角兵衛獅子」でした。

本作は、トーキーになってから杉作役に美空ひばり(『とんぼ返り道中』での角兵衛獅子の少年役が好評だったため、決まったようです)を迎えて松竹で撮られた三部作、
「鞍馬天狗 角兵衛獅子」1951年
「鞍馬天狗 蔵馬の火祭」1951年
「天狗回状」1952年
その一本目となります。
アラカンの天狗のキャリアの中では結構後の方に位置してます。

「角兵衛獅子」は、少年杉作と天狗が初めて出会うエピソードです。
天狗が危機に陥り、それを杉作が救う展開を描く為か、天狗無双のチャンバラは少なめになっています。
また、若くて美しい山田五十鈴演じる、天狗を仇と狙う新選組の密偵とのロマンス。そして、それに嫉妬する杉作の演技に、何となく地の少女っぽさが出ているひばりが面白い「恋愛編」でもあります。
その一方で、シリーズ中唯一の新選組局長近藤勇との一騎打ちがあります。近藤勇は天狗のシリーズでは、敵ながら一目置ける人格的に優れた人として設定されており、今回は月形龍之介が演じます。
天狗の密偵黒姫の吉兵衛役は、ひばりの師匠川田晴久が3作通じて演じております。ミュージカルでは無いのですが、ひばりと共に歌いまくっております。
本作の天狗は杉作目線で描かれているせいか「立派」で凛としてます(笑)。また、ひばりの杉作も大活躍です。
個人的に、三部作中一番面白いのは本作だと思います。

「鞍馬の火祭」は、偽天狗出現編です。倉田さんは、公卿に頭を下げて必死に自分の仕業で無いことを釈明するシーンが多く、あまり颯爽とした印象がありません。また偽天狗を演じるのは、二枚目黒川弥太郎です。正直ビジュアル的にアラカンは負けております。おまけにひばりのスケジュールがあわなかったのか、天狗を探しに旅に出た杉作は、中盤の間フェードアウトしてしまいます。
岸恵子の娘役が観られるのはちょっとした収穫ですけど。

「天狗回状」は、謎の文書天狗回状が何故出回るのか、そしてその結末がどうなるのか、といったストーリー部分が持って回っていて、今ひとつ乗りにくい。
しかし、六角堂の個々の扉を開け締めしつつ多勢にあたる立ち回り。近江坂本の古城の階段を巡っての立ち回り。チャンバラですねー。
立ち回り目当てなら「天狗回状」をお勧めします。

時代劇におけるアラカン映画の位置づけは「娯楽に徹したB級作品」とされています。時代劇の歴史的には、殆んど語られることはありません。
しかし、映画会社各社はこぞって、客を呼べるアラカン天狗を欲しがりました。
客を第一に、最後までぶれずにエンタテインメントに徹し抜いたアラカンのその志は忘れてはならない大切なものだと思います。
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