るるびっち

ダニー・ケイの検察官閣下のるるびっちのレビュー・感想・評価

ダニー・ケイの検察官閣下(1949年製作の映画)
3.4
ゴーゴリの原作戯曲では、汚職・不正・収賄を重ねる腐敗役人達が、文無しの青年をお忍びの検察官と錯誤する。
彼をもてなし賄賂を与える、役人の不純なトンチキぶりを描いたシニカル喜劇だ。

原作の青年は、元下級役人で検察官を演じるのも無理がない。
役人達の誤解に便乗し、ホラを吹くズルい人物だ。
しかし当時のハリウッド・スターが、狡賢な人物を演じるわけにはいかない。スターたるもの観客に愛される存在でなければいけない。
だからダニー・ケイ演じる主人公は、無垢でおバカな正直者に描かれる。
冒頭、偽薬を売る詐欺芝居をするが、それは乱暴な親方が怖いから。騙される老女に、買わない方が良いとうっかり忠告して怒られる正直者だ。
このように主人公のキャラをホラ吹きの狡猾者から、臆病でバカ故に利用されるが根は正直者と変更している。
コメディアン・スターだからバカはOK、人でなしはNGという判断なのだろう。

だから前半は、役人の誤解と振り回されるダニー・ケイで笑わせる。
それだけでは話がもたないので、真ん中でテコ入れしている。
主人公に代わり、役人に高額賄賂を請求する悪辣な役回りを親方に途中参加させているのだ。
詐欺行為や騙しを、善人に完遂させるのは難しい。
状況で最初は嘘をついたり相手の誤解に便乗出来ても、物語を加速するために更なる嘘や騙しをやり遂げるのは善人では力不足だ。
なので、大抵善人が人を騙す喜劇には後ろで操る悪人が居る。
ジャック・レモンの喜劇でも、ウォルター・マッソーが後ろで指図しているケースが多い。
これだと悪事は全部親方が背負ってくれて、親方に脅されて詐欺をするダニー・ケイはむしろ被害者で可哀想と観客も共感し、スターの好感度を下げない。
人を騙しても、裏に居る親方のせいで済むのだ。
スターの好感度を守る、ハリウッド型の詐欺喜劇といえよう。

しかし悪党の親方は、一番狡猾で状況を読み取る力が高い。
それ故、親方が主人公側についている時は安心だが、彼が裏切れば途端に主人公は危機に陥る。
生殺与奪の権利を握っている。

ところがクライマックスでは、何故かダニー・ケイは突然強くなり、恐れていた親方をあっさり倒す。
幕切れが近づくと、散々ボケ倒していた喜劇王が急にしっかりするのは御愛嬌だ。
一応ヒロインの愛が、主人公に正義心と勇気を与えたということなのだろう。

最終的には混乱した状況を、本物の検察官が大岡裁きで解決する。
権力者や権力におもねる連中をあざ笑う喜劇だから、権力者が解決しては原作の精神を台無しにしている。
しかしハリウッドスタイルでは、この形がベストなのだろう。
今回は、ロシア喜劇とハリウッド・スターシステム喜劇の相違を検討してみました。
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