櫻イミト

モントリオールのジーザスの櫻イミトのレビュー・感想・評価

モントリオールのジーザス(1989年製作の映画)
4.0
「みなさん、さようなら」(2003)のドゥニ・アルカン監督がキリスト受難劇をモチーフに描いた社会派人間ドラマ。カンヌで審査員賞を受賞し、カナダ映画史上ベスト10に常にランクされる傑作。

カナダ・ケベック州モントリーオール。商業主義に興味がなくアングラ演劇活動をしている青年ダニエルは、有名なカトリック教会の神父からイエスの受難劇を教会で公演してほしいと頼まれる。引き受けたダニエルは最新の学術的資料を基に新解釈のオリジナル脚本を書き上げ、自らがイエス役、出演メンバーに演劇学校の先輩でホームレスのシェルターで働いている女性、ポルノ映画の吹き替えをしている男優、自分の気に入った作品にしか出ない男優、体を売り物にするコマーシャル女優の四人をスカウトし本番に挑む。公演は大成功し一夜にしてマスコミの注目を浴びるが、教会は新解釈に不満を持ち公演の中止を命ずる。。。

かなり面白く好みの作品だった。”新解釈の受難劇”に挑む主人公の受難ドラマをベースに、商業主義批判、保守的なカトリック教会への疑問が呈されている。本作の構造や登場人物にはキリスト教的な比喩暗喩がふんだんに盛り込まれ、知的エンターテイメントとしても楽しめた。

コマーシャリズムから外れた役者たちの成功譚は面白く爽やか。劇中劇が行われるのはモントリオールの山頂にある観光名所”聖ジョゼフ礼拝堂”で、教会建築の背後に街の夜景を取り入れたロケーションは示唆的でもあり抜群に好みだった。

芸術志向で反商業主義を貫く主人公が「ベルイマン監督のいるスウェーデンに行けばいい」と助言される現代的なギャグもあり、聖と俗の混在が実に上手く描かれていた。

最後は「これで終わってしまうの?」と一瞬残念に思ってしまったが、あくまで本作は現実的な物語であり聖書のような”奇跡”は起こらないのだと納得。ラストシーン、モントリオール駅構内で路上パフォーマーの女性二人がカセットテープの伴奏で歌う賛美歌”スターバト・マーテル”が心に沁みた。

※”スターバト・マーテル”は本作の最初と最後に歌われる。日本語字幕は出ないが、タイトルロールでの歌詞は「怒りの火に燃やされることのなきよう、あなたによって、乙女よ、守られますように、裁きの火には」。エンドロールでの歌詞は「肉体が滅びるときにはどうか魂に、栄光の天国を与えてください」。両方とも本作の内容とシンクロしていて、始終いかに綿密に構成されているかが伝わってくる。

※日本語版も海外版もアナログ画質なのが残念。特に劇中劇が夜の野外で行われるので見えづらい。カナダでリストア版を発売しないものか・・・。
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