櫻イミト

猿女の櫻イミトのレビュー・感想・評価

猿女(1964年製作の映画)
4.0
フェリーニ監督「道」(1954)の見世物小屋版と評される異色の人間ドラマ。「最後の晩餐」(1973)などで知られるイタリアの鬼才マルコ・フェレーリ監督が実話に着想を得て制作。

インチキ見世物で暮らすアントニオ(ウーゴ・トニャッツィ)は、営業先の修道院で全身毛に覆われた女性マリア(アニー・ジラルド)に出会う。金儲けの絶好のチャンスとにらんだアントニオはマリアを言いくるめ、“アフリカで発見された猿女”と興行を打ち大当り。しかし、金の話ばかりで嫌気がさしたマリアは修道院に帰ってしまう。アントニオは呼び戻そうと結婚を申し込むのだが。。。

見世物小屋が舞台の映画はマメにチェックしてきたつもりだったが、最近まで本作の存在を知らなかった。「フリークス」(1932)や「エレファントマン」(1980)など映画そのもの
が見世物感を打ち出す作品群とは色合いが違う、味わいのある異色恋愛ドラマとして楽しめた。

外見を気にして修道院で隠れて生きてきた孤児マリアにとって、アントニオは自分に興味を持ってくれた初めての男性なのだろう。一緒に動物園に行って猿の動きを見学し客の前で懸命に披露してみせる姿は、アントニオの期待に応えることに楽しみを見出しているように見える。外見を奇異に見られても迫害されるシーンはない。彼女はアントニオへの好意を深めていく。

一方、アントニオは彼女を大切な金づると考えており金のための結婚を果たす。結婚式さえ見世物の宣伝として活用するアントニオは、見物人が集まる花道でマリアに「ラ・ノビア(涙の結婚)」を歌うことを促す。困惑の表情で歌い始めるマリアだが、その頬には涙が光る。

そんな薄情男アントニオたが、二人で巡業を続けていくうちに絆が芽生えてくる。金づるから掛け替えのないパートナーへと変化していくのだ。そしてマリアが子供を身ごもる・・・。

ここからのクライマックスは恋愛ドラマとしてなかなか感動的だ。本作の主役はアントニオでありダメ男の心の変化が軸となっている。問題となるのはラストシーンである。衝撃的とも言えるアントニオの行動について、観る人によって感想は様々だろう。個人的にはこのラストシーンによって本作が傑出した一本になり得たと思う。フェレーリ監督作は「最後の晩餐」しか観ていないが、同作もラストシーンに意味と力が込められていた。

見世物小屋を材料にした映画の中で最も抑えたトーンの一本。派手な演出や映像はないが後からじわじわ効いてくるのは、フェレーリ監督特有の持ち味なのかもしれない。

※本作のラストシーンには、映画会社からの要請で作られた別バージョンが2種類あるとのこと。内容を調べたところ、本作をぶち壊すような酷いシナリオであり全く観る必要はない。ちなみに私が観た一般流通バージョンは“ディレクターズ・カット版”と呼ばれている。

※本作のモデルであるジュリア・パストラーナ(~1860)は、実際にそのミイラが1979年まで見世物とされていた。
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