KEKEKE

裸のランチのKEKEKEのレビュー・感想・評価

裸のランチ(1991年製作の映画)
5.0
- 名作、死ぬほど面白いけど、観てすぐ寝たらちゃんと悪夢みた
- クローネンバーグの性の追求には狂気じみたものを感じる
- この映画は彼の”インターゾーン”への挑戦、もといアナルセックスに対する憧憬の表出、そして何より原作者へ向けた愛の表明だ

- バロウズの原作は未読だが、流石に肛門礼賛変態小説ではなかったんだろうな
- 冒頭に提示される文言が、これから偉大な原作を破壊するけど許せ?的な言い訳に聞こえてくるくらいには、全編に渡ってクローネンバーグ本人の思想が溢れ出ていて最高

- 彼は原作がもつサイケデリックな精神世界を映像で再現するに当たって、バロウズの表現を喰って完全に自分のものへと消化した
- 他人が書いた原作の映像化において、誰もが真似できる芸当ではないだろう
- そしてその振る舞いが決してリスペクトを欠いているわけではなく、むしろ原作者への全幅の信頼の元成り立っている作品だということも十分に伝わってくる
- 私はそれを、変身しなかった主人公から感じ取った

- モチーフが文学、虫、ときたらグレゴールザムザを連想するのは順当だし、それがクローネンバーグの作品であるなら尚の事、主人公のグロテスクな変身に期待するのは必然だろう
- 実際私はこの主人公が果たしてどんなビジュアルへの変身を見せてくれるのかを終始わくわくしながら(というか主人公の体に増えていく痣なんか匂わせでしかない)観ていたが、結局最後まで主人公の変身は起こらなかった

- 今作で変化したのは主人公の思考/嗜好であり、それはドラッグによって幻覚と現実のあわいが曖昧になった際に観測できる現象として描かれている
- クローネンバーグは過去作から一貫して、思考が身体に及ぼす影響をテーマに据えていたが、今作では思考を具象化することを念頭に置き、主人公の肉体はあくまでもその思考を観測する主体に留めた

- これまでの作品と異なるのは、実際に身体が変化するのではなく、それがドラッグにより見せられる幻覚であるという点だ
- 確かに考えてみれば、ドラッグは肉体を滅ぼす害悪として象徴的な存在ではあるが、思考に直接影響を及ぼす限られた手段でもある
- 主人公の観測する世界をそのまま観せてしまえればそこはクローネンバーグが得意とするボディホラーの世界で、むしろ相性がいいのかもしれないと納得した
- そして観ている最中は意外に感じていたテーマも、この映画には原作の小説があり、しかも文学史に残る伝説的な作品だと知った時、クローネンバーグの意図を悟った
- つまり、この映画の主人公は原作者のバロウズでありそしてクローネンバーグでもあったのだ

- 作中で主人公が常に観測者として振る舞い、超常的な幻覚や事件に巻き込まれながらもどこか他人事のような落ち着きを見せるのは、彼が主体兼客体でなければこの作品が成立しないからだ
- クローネンバーグはバロウズの自伝的作品の映像を、彼の思想/思考/嗜好/経験を追体験する装置としてつくりたかった
- これは肉体(主体)が思考(客体)を観測する映画であり、その構図はそのまま、クローネンバーグがバロウズを観測しようとする構図なのである

- つまりゲイでありジャンキーであり実際に妻を殺した作家の脳内をクローネンバーグなりに具象化し、自分の思想を通過させて観測しようとしたのがこの映画だ
- 原作への執念がなければこんなものは作れないし、ただ自分の思想を反映するためだけに選んだ作品でないことはその熱量からも伺える

- 喫茶店で友人らと会話を交わすシーンで、推敲は思考の検閲ではないかという問いに対して主人公は、あらゆる理性的な思考を殺せと答えている
- これはクローネンバーグの作品を貫く主張であり、思考が理性の抑圧の結果出力されていることに意識的な発言だ
- 私は、理性のフィルターを取り払ったときに初めてバロウズが見ていた世界を観測できるのだというメッセージだと受け取った
- 一貫した主張を角度やフォーカスを変えながら語りなおす監督、好き

- クリーチャーのビジュアルに関しても、相変わらずパキパキに冴えてるし、突拍子もないのに納得感がある不思議な塩梅に仕上がっている
- 例えばそれは、タイプライターってたしかに虫みたいだなあとか、タイピング音って羽音に近いかもしれないとか、クローネンバーグの世界の見え方そのものだからかもしれない
- 物語は過去作と比較してもカットアップ的で脈絡がないんだけど(原作がそうらしい)、そんな展開にも何故か妙に納得してしまうテクニカルさが今作にはある

- 兎にも角にもクローネンバーグがアナルセックスに興味津々だったってことだけは、主人公の眼差しから明らかだ
- おそらくジェンダーとかマイノリティとかそういった問題意識を飛び越えて、一番エロいことってなんなんだろうという世界への探究心が根底にあるのがいいね
- それこそ最も健全な創作のモチベーションだと思う
- ビデオドロームと並んで、個人的に大好きな作品だった
- クローネンバーグ大好き!

- 余談、途中でエル・プサイ・コングルゥみないなシーンなかった?あったよね
- あとその手の人が見るとキーボード沼にハマるオタクの映画ともとれるかもしれないね
- ポスター良すぎ、マグリット
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