むるそー

エル・スールのむるそーのレビュー・感想・評価

エル・スール(1982年製作の映画)
4.4
少女・エストレリャが、父の姿を通して世界や人間について理解していく過程を描いた作品。

父・アグスティンは振り子で水脈を当てるような霊的な能力を持ったミステリアスな存在として描かれ、エストレリャも彼をどこか遠い存在として慕っている。しかし、とある出来事から父の神秘性が崩れ、一人の人間としての顔が浮かび上がってくる。幼い娘は苦悩する父の姿を見て、起きている事象は理解できないものの確かに何かを感じ取り成長していく。ベッドの下に隠れた娘と、部屋でコツコツと杖を床に打ち付ける父の、沈黙のやり取りはきっと彼女にとって大きな意味を持ったのだろう。

光と影の使い方がとにかく見事で、物言わずとも父娘の感情をこちら側に伝えてくる。並木道や夕陽といった美しい背景も作品の表情として機能していて印象的だ。父と祖父の確執からスペイン内戦が落とした陰も感じられる。監督の息づかいが聞こえてくるような繊細な作品で、まさか本作が2部作の予定を財政事情で畳んだ未完の作品だとは全く思えない。作り手の意図と作品の質が必ずしもリンクするわけではないというのは百も承知だが、ビクトル・エリセが当初思い描いていた本作の完成した姿を妄想せずにはいられない。
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