カラン

ラスト・オブ・イングランドのカランのレビュー・感想・評価

5.0
1987年、学校現場でホモセクシャルを抑圧する”Section 28”(地方自治法28条)の発布が迫り反対運動が高まるなか、『カラバッジョ』(1986)を撮り終えたばかりのデレク・ジャーマンはすぐに反応する。なお、鉄の女ことマーガレット・サッチャーが主導したこの「セクション28」は1988年から施行され、撤廃されたのはスコットランドで2000年、イングランドとウェールズでは2003年のことであったという。

☆字幕

映画の冒頭、映写機のかたかたいうSEがしばらく続いて、デレク・ジャーマンの自室とされる場所で、白いタイトな帽子を被った男が呪詛の言葉をぶちまける。その声はメフィストフェレスを想起させる悪魔的なものだが、映っているのはデレク・ジャーマン本人だと思われる。その声はナイジェル・テリーである。以下は、最初のナレーションの9割くらいである。


「閉鎖された記憶が暗闇を

(Ah fuck it)

ネズミのように四散する

霊魂の足音が聞こえる

そして静寂

灰が頭蓋骨の背後に漂う

小鬼か皮肉に笑ってカーテンを開く

混乱

私は瞬き小鬼は姿を消す

何かを暗示する猫の目

埃が厚く積もった浴室に

私はよろめきながら

後世の人に足跡を残しておこう

氷河期が来ると言う

気候が変わったのだ

死を予告する甲虫の音が聞こえる

眼鏡の氷は放射能に汚染されている

シェークスピアを読む人はもういない

七月というのに黒霜が地表を覆った

カーテンを閉め、火のない炉端で震えあがった

家庭の守護神がいつのまにか立ち去っていた

ケシもムギナデシコの花も忘れ去られた

フランドルの少年たちのように

彼らの名も村を襲った霜は消し去った

春には野原が砒素の緑に覆われた

オークの木も枯れ死んだ

山々には哀悼者たちが佇み

大英帝国の最後(the last of England)に涙した

、、、」

怒っているのは分かるだろう。不分明ではあるが、作家は登場人物を名指したのだろう。すなわち、ホモセクシャルとドラッグとイギリスとこの世の終焉である。水の滴る音に合わせて、以下のようにも読まれる。

「なんの音だ?

ナチのユダヤ人爆破

原子爆弾

官僚の鞄から漏れる奴らの本音

あいつらが日の当たる場所にいる

、、、」


ナチスというのは差別主義のことなのだろう。原子爆弾は世界の破滅を暗示する終末論的イメージ。官僚というのはイギリスの腐敗と虚偽に満ちた政治。この原子爆弾という言葉が喚起したのか、スクリーンに映し出された広島の原爆ドームのような廃墟のイメージが呼び込んだのか、ヒロヒトという音をナレーションが発する。字幕は「天皇」としている。音と文字情報のズレに気づいて、巻き戻してみると、「隣の部屋のおばさんがやって来て言う。ほら、ヒロヒトとナガサキよ。、、、イギリスの王制を模倣したらしい。」となかなか過激なことを言っている。しかしナガサキとはなんだろう。皇后はナガコさんである。言い間違えたのだろうか?それにしても字幕は、「天皇とその妻」だったかな。ちょっと、ひよったんじゃないかな。

ジャーマンの方はおかまいなしである。バッハの無伴奏ヴァイオリンのシャコンヌは実際には15分位の大曲だが、それを半分くらいにして、巨大なユニオンジャックの上に死体のように伸びている兵士に、酒をあおった男が裸になり、総合格闘技の寝技のように覆いかぶさると、死体の兵士と絡み合う。兵士はテロリストのような黒い目出し帽で、コンバットブーツは泥にまみれている。ピー、ピー、ピッピッピーーと性器にぼかしが入るのは、痛快である。検閲しろ!見えなくしてみろ!いっそうに露出してやる!というデレク・ジャーマンの闘争である。

終盤に3人の女が出てくる。たぶんサッチャーと女王とプリンセスなのだろうが、アサルトライフルを持った目出し帽の兵士に、弾丸は装填してあるか?と聞くシーンがある。このシーンで兵士は常に「イエス、マム」と答えるのだが、「ディジュー・エンジョイ・ザ・フォークランズ?」と女王風の婆さんがたずねる。答えはもちろん、「イエス、マム」なのだが、この女王の質問の字幕が「チリには行ったの?」である。

これはひよっているというよりは、日本の代理店による検閲であり歪曲である。「フォークランド」とは実効支配するイギリスとアルゼンチンの間のフォークランド紛争のことである。アルゼンチンと対立していたチリはアメリカ同様にイギリスを支援していたらしい。「ディジュー・エンジョイ・ザ・フォークランズ?」と兵士にたずねるこの映画の女王は、「フォークランドで色々と悪さをして大英帝国の植民地支配に貢献してくれたのか?これからも色々と仕事を依頼するから、よろしく頼むよ。」と言っているのである。


☆発煙灯

赤か青を基調にしたカラーグラデーションをしているようで、発煙灯の火の粉が飛び散り、スクリーンの全てが赤く染まったり、闇に混ざって紫になったりする。おそらく発煙灯の登場時間は映画史上最長だろう。

☆キューピッド

『カラバッジョ』の役者たちを起用して撮影しているからなのか、例のキューピッドが登場する。ブーツの足でばんばん踏みつけてから、やる。絵と。激しく。感動的。

☆フラッシュ

終末論的なイメージをばんばんに切って、切れ切れのフラッシュで反復。サブリミナル効果が出てるんだろうね、怖い。板壁の隙間に光を通して、そこを横移動で撮影すると、機関銃の射撃のように光が炸裂する。それをしつこく反復する。

☆ホームムービー

デレク・ジャーマンの家族の8mmがばりばりのノイズとともに映る。さらに空襲の音を被せたりする。

☆ティルダ・スウィントン

今まで観たなかで1番可愛い。花嫁姿で緑色から赤になり、回転し続ける。

☆コマ抜き

全編でコマ抜きする。移動撮影でもコマ抜きするので、ハイスピードぐらぐら系。



レンタルDVD。55円宅配GEO、20分の5。
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