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カウチ・イン・ニューヨークのukigumo09のレビュー・感想・評価

3.4
1996年のシャンタル・アケルマン監督作品。彼女は15歳の時に観たジャン=リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ(1965)』がきっかけで映画の道を志すようになる。1968年には初短編『街をぶっとばせ』を撮る。彼女は1971年から73年までニューヨークに滞在しており、そこで実験映画、アンダーグラウンド映画に触れたことが彼女の作風に決定的な影響を及ぼしている。映画に物語は必要ないという実験映画の精神は長編第一作『ホテル・モンタレー(1972)』で見てとれる。ホテル内のいろんな場所や人々を長回しで撮影した無声映画にドラマ性など皆無だ。しかしホテルの廊下をゆっくりカメラが進むトラッキング・ショットなどドキドキさせられる瞬間がある。
彼女はフェミニストの映画作家と見なされることが多く、今活躍している女性監督の多くが彼女からの影響を表明している。特に昨今はアケルマン作品がレストアされたのをきっかけに世界各国で特集上映が行われており、再評価の機運が高まっている。英国映画協会が世界各国の研究者や批評家にアンケートを取って10年ごとに行われる「オールタイムベスト100選」の2022の最新の回では彼女の代表作である『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080,コルメス河畔通り23番地(1975)』が映画史上のすべての映画の中で第1位を獲得している。

『カウチ・イン・ニューヨーク』はアケルマンのキャリアの後期の作品でありジュリエット・ビノシュ、ウィリアム・ハートの2大スターを擁したロマンチック・コメディで、70年代の作風とはがらりと変わっており、とても観やすい作品だ。むしろそうと言われなければアケルマン作品と気づかないかもしれないが、キャリアの中には『ゴールデン・エイティーズ(1986)』のようにカラフルな色調で歌って踊るミュージカル作品もあるので、初期作品から観ていくと作風の幅の広さも楽しめるだろう。
ニューヨークの五番街、豪華なアパートメントで暮らすヘンリー(ウィリアム・ハート)は精神科医をしているが、連日やって来る患者たちを相手にする生活に疲れてしまい、パリで気分転換しようと考え、ヘラルド・トリビューンにアパート交換の広告を出す。応募してきたのはパリの下町で暮らす若いダンサーのベアトリス(ジュリエット・ビノシュ)だった。ヘンリーはパリで落ち着けると思っていたが、昼も夜もベアトリスあてに電話が掛かってきたり男が押し寄せてきたりする。これでは患者からの留守番電話や来訪に対応する毎日と変わらない。部屋には急いで出かけたであろうベアトリスの脱ぎ捨てた服や食器がそのままで、神経質なヘンリーは片付けないと落ち着けない。一方アッパー・イーストサイドの高級アパートメントにやってきたベアトリスの元には思いつめたヘンリーの患者たちがぞろぞろとやってくる。自分の身分を説明する間もなく患者はベアトリスに悩みを打ち明け、彼女は思いついたまま言葉をかけるのだが、多くの患者たちが晴れやかな表情になり、次回の予約をして帰っていくのだった。パリでくつろぐことができずニューヨークに戻ってきてしまったヘンリーはまだ交換の期間中なので、家に帰ることはできないが、自宅の様子を見に行くことにする。するといつもは暗い雰囲気の患者たちが陽気な足取りで帰っていくのに遭遇する。自分の部屋で何かが行われていることを察知したヘンリーはジョン・ワイヤーという偽名を使ってベアトリスの診察を予約する。いざ診察に行ってみると、そこには若い女性ベアトリスがいて、いつもより心なしか元気な彼の飼い犬エドガーがいた。彼は初めて患者用のカウチに横たわる。ベアトリスはそれまでの患者に通じていたやり方がジョンという男には全く効かないので、翌日また来てもらってしっかり彼の話を聞くことにする。

本作は日本ではあまり馴染みのないホームエクスチェンジを題材にしている。ニューヨークとパリという多くの人の憧れの街を舞台にした、身分を偽った者同士の恋愛というラブコメの王道作品である。冒頭の「ヴィア・コン・メ」からラストの「ナイト・アンド・デイ」まで音楽も気分を盛り上げてくれるだろう。アケルマン映画として見ると、彼女には『部屋(1972)』という作品があったり、『ジャンヌ・ディエルマン~』など多くの作品で家や部屋が重要な役割を担っていたりするので、男女での部屋の交換は他の映画作家が行うよりエロチックに作用する。日本だけでなく世界的に特集上映が行われているアケルマン監督なので、楽しんで観られる本作から入るのも悪くないだろう。
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