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母べえのharunomaのレビュー・感想・評価

母べえ(2007年製作の映画)
3.2
超国家主義の戦時下、治安維持法で特高警察に思想犯として逮捕された作家と残された妻と家族を取り巻く人々との東京の生活の日々。この時代の吉永小百合が素晴らしいのは言うまでもない。
山田洋次に思入れはないが、オープンセットも使い当時の細部の実感もリアルに思えた。大勢の人が入り乱れる列車の出発するモブシーンも淡々と、その時代を活写する。

朝ドラを本気で映画化するとこんな感じかも知れない。
母べえ、父べえ、初べえ、照べえ、鶴べえと来る。浅野忠信がコミカルでよかった。
カメラマンの長沼六男という方が何本か相米組を担当されていたことが感慨深い。『あ、春』

ラスト現在時のふけメイクと配役は違う。モノローグの回想の語りも全体を通して見ると機能せず、手紙や声は単なる物のように面白みに欠け、身体は単に遠ざかれば隔離されるシステムをそのままに、山田のヒューマニズムは、『この世界の片隅に』のすずさんのようには抵抗の慟哭とはならず、あるいは吉田喜重『鏡の女たち』のように時空も世代も超えることもなく、戦時下の受難を強いられる市井の日常をリアルに誠実に描けば描くほど、深い場所では国家主義へ寄与して見えてしまうのは、映画というマテリアルの芸術を思想の上においても本当は信じていないこの映画監督の限界を露呈しているのかもしれない。
小津が見えないということは、愛も死も見えないということなのかもしれない。
それでもいい映画に違いないのは、志田未来を始め、出演している俳優たちの純朴で真摯な力なのかもしれない。
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