パングロス

黒い潮のパングロスのレビュー・感想・評価

黒い潮(1954年製作の映画)
3.3
◎評価に悩む下山事件報道てんまつ記by山村聰

1954年 日活 113分 モノクロ スタンダード
*ホワイトノイズ若干あれど鑑賞の妨げにならず

1949年に起こった常磐線綾瀬駅近くで国鉄総裁の轢死体が発見された「下山事件」を題材(劇中では秋山総裁)とした早い時期の作品。
他社が他殺説を取るなか客観報道に徹した毎日新聞社をモデルとして井上靖が書いた小説が原作。

監督は、溝口健二の『女優須磨子の恋』(1947年)や小津安二郎の『宗方姉妹』(1950年)などに出演した俳優の山村聰(戦前は新派俳優として活躍)。
その他、映画、テレビドラマの出演も多く存在感のある俳優だったことでも佐分利信と共通する。

なかなか評価が難しい映画である。

【以下ネタバレ注意⚠️】






劇映画としては、モブも含めて多人数の出演陣全員が活き活きと役柄になりきっていること、それにも関わらず一人一人のセリフや動きが整理されていて混乱がないこと、夏の冷房のない新聞社のうだるような編集部内の様子をはじめセット撮影とは思えないほどリアリティがあること、etc.‥
非常に手だれの上手い絵作り、ドラマ構築ができている。

現代的で違和感を感じさせないドラマ作りということでは、この時期の小津安二郎、成瀬巳喜男、五所平之助、市川崑らの上を行くと言っても良い。

そういう観点からすると4点台を与えたくなるくらいだ。

だが、一方で、問題も多い作品でもある。

まず、そもそも論として、題材の「下山事件」そのものの見方である。
本作は、実際のモデルとなった毎日新聞がそうであったように、他殺説には見向きもせず、断定できない段階では客観報道に徹するというモットーを標榜しながら、自殺説寄りの立場で一貫している。

ただ、実際の事件については、真相はいまだに明らかになってはいない。
他殺説については、特に松本清張によるGHQ謀殺説に立脚した『日本の黒い霧』(1960年)がベストセラーになり、当初より他殺説に立っていた朝日新聞の元記者矢田喜美雄のルポ『謀殺・下山事件』は熊井啓監督により『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』(1981年)として映画化された(脚本は本作と同じ菊島隆三)。
現在では、他殺説の根拠の多くが否定され、自殺説が再び有力になっているようである。

だが、本作の問題点は、自殺説をとったことよりも、山村聰の演じた速水デスクが、警察の捜査に全面的に依拠して、発表がない段階では自殺とも他殺とも断定しないことを金科玉条としていることの違和感にある。 

確かに警察の発表を待たずに他殺なり自殺なりの憶測を紙面で広めることは報道機関として慎むべき姿勢であることは理解できる。
だが、新聞社による独自取材、調査報道についての言及が本作には、まるで欠けている。

現場を取材する記者たちも警察の尻ばかり追っかけている印象が強いのだ。

現在報道されて話題となっている鹿児島県警幹部の隠蔽問題をあげるまでもなく、多くの冤罪事件の事実からも、警察の捜査が常に正しいとは限らない、という視点も報道機関には必要ではなかろうか。

次に、劇中の女性の描き方、そして、女性が関係するエピソードの描き方について。

上述したように、本作の新聞記者や速水の方針を問題視する幹部会議の出席者たちも含めて、男性陣の描き方は、実に上手く、活き活きと描写されている。

だが、数少ない女性陣、‥‥具体的には速水に求婚する、速水の恩師佐竹(東野英治郎)の娘景子(津島恵子)や編集部の若手事務員伊藤節子(左幸子)の描き方が、まるで生気のないお人形さんなのだ。
そもそも、編集部に女性記者が一人もおらず、いわゆるお茶汲み要員としての事務員だけというのも時代なのかも知れない(が、近作ながら大正の関東大震災後を描いた『福田村事件』では女性記者を登場させていた)。

それに、速水の16年前の回想シーン、まだ若く大阪勤務だったころ、妻が流行歌手と心中したとの一報が入る。
妻の足取りを追って、最後に泊まった旅館を訪ねると、彼女が残した遺品のバッグのなかにノートがあり、「愛する者よ、ありがとう」と書かれていた。
(そもそも遺品は警察がいったん持ち帰るはずで旅館の女将から渡されるというのは雑過ぎる描写だ。)
その書き込みを見た速水は、妻は本当は自分を愛していたのだと確信し、畳に突っ伏して号泣するのだった。

これ、意味わかります?

それまで、正義感にあふれた硬派な社会派ドラマを観ていたつもりが、急にセンチなお安いメロドラマまがいを観せられて、違和感しかない。
それに、このノートに書かれた正直意味不明としか言いようがない書き込みを、何故か蚊の鳴くようなか細い女性のナレーションで棒読みし、それを数回繰り返す。

ホント、意味わからないし、やめて欲しいと叫びたくなった。

速水としては、こうして妻の愛を確信したのに、無責任なマスコミは流行歌手と人妻の情死だなんのかのと面白おかしく書き立てた。
おかげで世間の人たちからも好奇の目に晒されることとなった。
その経験ゆえに新聞は憶測でものを書いてはいけないと心から思った、と、元の話に戻る構成。

だけど、これって、全然上手い構成じゃないし、何なら近年「地上波ドラマ仕草」とか言われて、要らない恋愛要素を入れたがるお安い日本製ドラマの悪弊の元祖みたいな感じぢゃないですか。

てな按配で、問題点だけ見ると、大幅減点して、2点台以下にしたくなる。

でも、確かに他殺説の先走り報道は、急進化する左翼勢力を制したいGHQや政府の思惑に迎合する結果を招いたのだし、現在的には自殺説の方が自然だし、主筋のドラマ自体はよく出来ているので、あまり低い点数は付けられない、というあたりで悩む訳です。

まぁ、何だかんだ言って、Filmarks の平均スコアは妥当な線、行ってるよなぁ、てな感じです。

《参考》
*1 「黒い潮」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 黒い潮(くろいうしお)
www.nikkatsu.com/movie/20005.html

*3 黒い潮
1954年8月31日公開、113分、サスペンス・ミステリー
moviewalker.jp/mv23933/

*4 大船シネマ
黒い潮(昭和29年)
ofuna-cinema.com/kuroiushio/

*5 映画収集狂
黒い潮
2007-08-06 00:03
sentence.exblog.jp/7249266/

*6 尾形修一の紫陽花(あじさい)通信
映画監督山村聰-映画「黒い潮」と下山事件をめぐって①
13/04/04 00:08
blog.goo.ne.jp/kurukuru2180/e/4af17bb42882c3a658ca3bba1a153749
下山事件と毎日新聞ー映画「黒い潮」と下山事件をめぐって②
13/04/04 22:10
blog.goo.ne.jp/kurukuru2180/e/8fb2abd5c68307ea317b3769dce7319f
古畑鑑定という壁-映画「黒い潮」と下山事件をめぐって③
13/04/07 01:19
blog.goo.ne.jp/kurukuru2180/e/51c77ab7d40b60a66dff526325ec8fc3

*7 Jappy! 昭和クラブ
ブンヤ映画の傑作『黒い潮』、のちに山村聰さんは同じような目にあいました
2023-06-21 23:43:48
ameblo.jp/inmylifejappy/entry-12808902079.html

*8 プロフェッサー・オカピーの部屋
映画評「黒い潮」
2008/04/26 15:49
hokapi2.seesaa.net/article/200804article_28.html

*9 日のあたらない邦画劇場
黒い潮 (2001年10月18日)
home.f05.itscom.net/kota2/jmov/2001_05/010504.html

*10 間借り人の映画日誌
『黒い潮』('54)
『謀殺・下山事件』('81)
www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2003j/20.htm

*11 切られお富!
『黒い潮』(1954) 山村聡 監督
11/02/09 23:59
blog.goo.ne.jp/virginia-woolf/e/ab9e5398ef41fd2dc4ea877935cb7c23

*12 大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」
『黒い潮』 2012/7/29
sasurai.biz/0002576.html

*13 全研究下山事件
小説および映画『黒い潮』
http://shimoyamacase.com/books/books18.html

*14 日本映画の鉄道シーンを語る
173. 黒い潮
常磐線
2015/05/0311:46
tetueizuki.blog.fc2.com/blog-entry-185.html

*15 事件から間もないリアルな映画たち。
2018年09月24日 - 気になる下落合
chinchiko.blog.ss-blog.jp/2018-09-24?amp=1

*16 青空帝国
映画『黒い潮』から見える映画『新聞記者』の問題点
2021/03/23 05:11
blog.livedoor.jp/goldhagen-ikidane/archives/57839202.html

*16 まり⭐︎こうじの映画辺境日記
2023-09-16 2024-03-31
日本の黒い霧?いや問題は報道のセンセーショナリズムだ!山村聰の監督第二作『黒い潮』
maricozy.hatenablog.jp/entry/2023/09/16/000000

《上映館公式ページ》
京都府京都文化博物館
社会派サスペンス映画劇場
2024.6.4(火) 〜 6.30(日)
www.bunpaku.or.jp/exhi_film/schedule/
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