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出来ごころのharunomaのレビュー・感想・評価

出来ごころ(1933年製作の映画)
5.0

小津安二郎「出来ごころ」(1933)から

 なにかを観ている座っている観客を斜めに捉えた移動ショットから始まる「出来ごころ」は、何人かの特定の観客のカットの後、一応の観客同士の視線の繋ぎにより主人公の喜八へと収斂し、喜八の視線の先にある寄席の高座のカットとなる。もちろん一番最初のカットが浪曲の字幕であるのだから、浪曲の寄席であることはすでに分かっているのだが、高座のカットが現れるまでに観客を捉えたカットが多い。個々の観客たちの位置関係がすぐには分からないのだ。振り向く、振り返った先にいる人物が示されれば、空間の位置が分かるのだが、正面を向き不動な人物たちが続いた場合、最初に示された観客と、その次に示された観客の場所がどのような関係で位置しているのかは正確には分からない。この場面で、喜八の子どもである富夫は、喜八の横で眠っている。座った喜八と、横で寝ている富夫を捉えるフルショットでは、寝ている富夫が、その横にいる次郎の身体により下半身しか見えない。寝ている富夫を単体で捉えるショットは、画面下半分に、張り出した床板があり、フレームは遮られ、およそ喜八の隣で寝ているようには見えない。観客たち相互も、また喜八と富夫もこのように分断されたようにいることは何を意味するのか。

 分断された空間はしかし、空間を移動する物によって繋がれる。ある観客の一人ががま口を見つけ手に取る。お金が入っていないことを確認すると、後ろに放り投げる。放り投げられたがま口を他の男が見つけ、また後ろに放り投げる。最後には喜八の目の前にがま口がやってきて、喜八もまた確認する。喜八はがま口を、自分の小さながま口と交換し、今度は前の方に、がま口を放り投げる。往復運動されるがま口は、最初にがま口を見つけた男に戻される。このように分断された空間内で、違う人間による同じ身振りが反復される。同じように今度は、蚤が身体に入ったのか、立ち上がって身体を掻き始めた床屋の主人から始まり、今度は喜八が立ち上がり身体を掻き出し、次にさきほどがま口を喜八に放り投げた男が立ち上がる、しまいに観客のほとんどが立ち上がり身体を掻き始める。一連の身振りの感染の連鎖は、登場人物たちを含めた寄席の観客と登壇者の高座を捉えた引き画によって1ショットで成り立っている。がま口の反復も蚤による連鎖も、コメディ映画の滑稽さを遺憾なく発揮する場面であるが、重要なのは、観客と登壇者を捉えたショットによって、初めて主要人物を含めた人物の位置を示していることだ。マスターショット=全体を示すこと。位置関係を示すことは、普通の映画ならば最初に示される。しかし小津は、分断を分断のまま放置しているように思う。蚤は最終的に、登壇者をも立ち上がらせ、身体を掻く身振りを感染させる。何とか蚤を身体から出し、浪曲師は終わりの一節を歌い上げる。画面はファーストショットと同じく、観客を捉えた移動ショットとなるが、キャメラが移動し始めると、すぐに観客たちは拍手をする。拍手はやがて、ナイフを研ぐような手の動きで拍手をする床屋から、喜八、次郎がそれを揶揄するように床屋の手の身振りを反復する。彼らは笑っているだろう。そして拍手をする。しかし私たち観客は、そんな彼らに拍手をする。人は、集まれば、それが大きなもの=流れになるのではなく、人がある同じ身振り(例えば行進など)をするときに、それは何か熱を帯びた集団となる。流れがない状態の人々は分断されている。映画ならば空間が分断されてあること。そして身振りの感染によって、全体が初めて露わになるのだ。ファーストカットの移動ショットは、拍手の移動ショットと同じキャメラの構図、動きではあるが、複数の人間が同じ身振りを反復することにより、あきらかに変わってしまったのだ。空間が分断されてあることは、映画の特性として存在する。フレームがあること。普通、物語映画では、キャメラやフレームはその存在を隠し、空間内の人物がカットで割れたとしても、地続きの空間にいるように撮影され、編集される。しかし小津は、分断を分断のまま放置する。それは何も、非情な選択ではなく、合理的な理由によるものだ。全体は、流れによって造られる。分断は、人物だけ見れば、人物を取り巻く説話的な観点からすれば、有用ではない。しかしある流れが出来たときに、反復されるショットは、シーン全体あるいは全体が変化することを示すことにおいて、合理的な選択ではないだろうか。
 「出来ごころ」における分断された空間は、人物たちが会話するのときに、ほぼ映画全編に渡るイマジナリーラインを無視した切り返しにも現れている。座っている喜八と次郎が、初めて向かい合って会話をする食堂のシーンでも、カメラはイマジナリーラインを超え、人物たちの視線が不自然な印象を受ける。もちろんサイレント映画においては、会話が字幕という形でカットとして挿入されるため、話し合う人物の切り返しは切断を余儀なくされる。しかし、そのことを考慮に入れても、それぞれの人物が自然に応答しているようには見えない。ある人物の台詞の字幕のカットの後に、別の人物のカットが現れる唐突さは、字幕における空隙の後の驚きではなく、応答し合わない人物たちの「不自然さ」にある。その「不自然さ」を小津は嬉々として肯定しているように思う。後半に、次郎と春江が手を握ったまま切り返されるカットがあるが、そこにはイマジナリーラインという「想像上の線」ではなく、画面に、ふたりの腕というまさに「現実に見える線」が現れる。そこでもカメラは、その見える線を超えて、人物を撮影する。ただの言葉遊びに過ぎないかも知れないが、そこには一方の人物のカットを撮り、その後に、あたかも手を繋いだまま二人の演技者を待機させ、二人の反対側にカメラを移動させて撮影したかのような、現場での意志を感じさせる。

 食堂のシーンに話を戻すと、次郎と喜八の「不自然な」切り返し、そして食堂のかあやんことおとめを捉えた後、おとめと次郎が立ち上がり動き、三人の人物が近づいたところで、引き画となる。このカットでは最初、別の机の上で眠っている富夫の姿がおとめの体で画面からは隠されている。おとめが動きだし、富夫の上半身が少し見えるが、画面の中では目立たず、すぐには分からない。喜八が立ち上がり、富夫に近づいて頭を叩くところで、アクション繋ぎから、叩かれる富夫の全身を捉えたカットとなる。おおよそ不意打ちのように富夫が出現し、ここでもまた、彼が他の3人と同じ空間にいるようには見えない。映画において人物たちが同じ空間にいること。あるいは、その同じ空間で人物たちが話し合うとき、切り返しの画面から、人物たちが応答し合っているように見えるということは何だろうか。映画の知覚はおおよそ私たちの知覚とは違う世界を捉えている。繋がらないと思うのは私たちの「自然」に繋がらないのだ。フィルムは繋がっている。事物をコマという直線的な列によって組み立ててしまう。映画のフィルムは直線に並ぶがために、どんなカットでも繋がるのだが、どうやら映画の思考は直線ではない。それを見る私たちの思考も直線ではないので、事物を把握する私たちの知覚は、仮定の上で「自然」を立て、意味を見出し、物語を紡ぐ。私たちの知覚が、映画というものが偽装した自然的知覚をそのまま「自然」として受けいれることが可能であるとするならば、間違った繋ぎもその瞬間に補填して、あたかも繋がるはずもない「不自然さ」を「自然」として受け入れてしまうことも逆にある。例えば手のアップの繋ぎがそうだ。富夫がジャケットの破けたポケットの布地を撫でる仕草のカットの後に、似たアングルから撮影された、おとめがそのポケットを針で縫う手のアップのカットが続く。あるいはまた、喜八が外で上着を払うとき、次のカットでは家のなかで上着を払っている喜八の後ろ姿が続く。その時、二つの画面の中で、払われる上着の位置はちょうど同じくらいにある。これらは、映画のまやかしに違いないが、おおよそ自然的知覚が思考しえないものを映画は繋ぎ合わせ、空間を飛び越えて、運動する手から手へ、あるいは、上下運動する服から服へ(払う腕から腕へ)と、純粋な身振りの思考へと向かわせる。繋がれた運動たちを、私たちは一瞬地続きな運動として捉え、一つの身体の主体を越えて、一つの身振りの生き物をそこに見てしまう。その後、彼らの顔が現れ、ようやく私たちは意味を発生させることができるのではないだろうか。

 ところで、この食堂のシーンで隠されず、分断されず、常にあるものがある。電灯から吊り下げられた団扇の先に短冊のように伸びる紙。画面中、俳優以外で一番映っているのは、この揺れるものだ。これはシーン内のほぼすべてのカットで映っている。言うまでもなく、食堂のシーンの最初のカットもこの団扇のアップであり、喜八たちが一度外に出て春江を連れて食堂に戻る時も、同じ団扇のカットとなっている。さながら食堂を象徴するのがこの団扇なのだとでも言うように。「出来ごころ」においては、このような揺れるものが多く映っている。物干し竿の風に激しく煽られる洗濯物。洗濯物は、路地という路地に現れ、すでに取り込まれているであろうはずの夜でも、佇む春江の後ろで揺れている。食堂の出入り口に垂れ下がる暖簾のような布。工場付近に多くある木々。喜八の家の壁に掛かった習字などもそうだ。あるいは映画内で二度反復されるブタクサ越しの工場の建物。そして、洗濯物越しにある工場の建物は幾度も反復され、日によって干されている洗濯物や風も変化している。

揺れるものは、冒頭のシーンで浪曲の会場を出た外にも現れる。会場を出る客たちの脇で、のぼりの旗が揺れている。同じく会場を後にする喜八たちの姿の脇で、そして初めて登場する春枝の後ろにも揺れている旗がある。シーンの最後にもさきほどと同じ、風で揺れる旗のアップが使われている。「出来ごころ」には、このように風の強い日が多い。富夫が入院している終盤の病院におけるシーンもまた、嵐の夜である。初めに、みすぼらしい病院の廊下が映される。待ち合い室でもあるのだろうか、病人らしき人々の姿見え、画面の手前には、衣服の布や包帯らしきものが上から吊り下げられ揺れている。画面上手に座っている包帯を付けた人物にアップし、その奥には団扇を扇ぐおばあさんがいる。そこでも上から吊り下げられた包帯らしきものが揺れている。包帯らしきものを若干なめた、喜八たちのいる部屋のドアを捉えた無人のカットから、団扇を扇いでいる春江の姿へとカットは割れる。夏の設定であり、団扇を扇ぐ人の姿は、映画内で幾度も見られる。風通しの良い喜八の家とは違い、窓が開いているようには見えない病院内において、揺れるものたちは、さながら揺らすもの(人間)たちによって揺れているかのように説明できるが、事態はそれほど明瞭ではない。富夫の学校の先生と生徒の見舞いを受けた後、二人を見送りに廊下に出る喜八。その後ろの窓に映っているのは、揺れる木々だ。どうやらその夜も、風が強い日であり、揺れるものは揺れるのだ。シーンの最後のカットには、先ほどと同じく、喜八たちのいるドアを捉えた無人のショットとなる。瀕死の状態の富夫に、涙ながらに言葉を掛ける喜八の前で泣いている春江のカットの後示されるその無人ショットには、先ほどの無人のショットにはなかった、包帯らしきものの影が、揺れながらドアに落ちている。

 これらの揺れるものたちは、最後には海という形で最高点を迎える。波打つもの、光を反射するもの。おそらく揺れるものたちのなかで、より生命を連想させ、私たちの身体をも飲み込んでしまう海。そこに飛び込み、泳ぎ始める喜八。しかしなぜ揺れるものなのか?これらは一体、なんのためにあるのか? 私たちの生命に関係があるのか。有益なのものだろうか。ところで喜八の最後の台詞は、「海の水は何故、塩辛い?」「鮭がいるから辛いんだ」「よく出来てやがらぁ」である。富夫が口にするでたらめな教えをそのまま信じてしまう喜八の滑稽さのやりとりであるこのような台詞は、映画内で何度も現れる。


「人間の指 何故 五本あるか 知ってるかい?」
「四本だってみな 手袋の指が一本余っちゃうぢゃないか」

この台詞は、喜八が病院で瀕死の富夫の前で、涙ぐみながら富夫の指を数え、富夫の手を取って自分の濡れた涙を拭く感動的な場面にも現れる。同じく、ラストシーンの船の中でも喜八はこの台詞を口にする。そして対岸で揺れる木々を見た後に喜八は水に飛び込む。

 もしかすると、この世界では、五本の手袋のために指が出来たと言ってもよいのかも知れない。鮭がいるから、海の水が塩辛いのだと言ってもよいのかも知れない。因果関係が逆転すること。「よく出来ている」かも知れないのだ。
イマジナリーラインを超えることも、分断されてあることもまた、よく出来ていることかも知れない。この世界の何かを示すために。揺れるものという微細な変化は、波打ち、ついには大きなものとなる。しかし生命という大きなものは、なんのためにあるか。映画が自然であったことなど一度もない。見る者がそう感じるだけである。光るものに私たちは眼を奪われるだろう。花火だけではない。木々も波もまた光るものなのだ。「よく出来てやがらぁ」と上機嫌で水に浮かびながら喜八は言う。遠ざかる船へか、あるいは何者へでもないのか、彼はひょうきんに海の方へ手を振る。そして揺れるものと一体となって泳ぐ彼は、陸地へ向かう。陸地には木々がある。ラストカットが、風に揺れる木々であるのは言うまでもないだろう。
実を言えば、「出来ごころ」においては風のない日がない。いつの日も風でなにかが揺れている。あたりまえのことだが、現実の世界で、木々が揺れない日はない。しかし、このことはどうにも自分には、すぐに確かであるとは思えなかった。ただ揺れている木を、毎日私たちが意識して確認していないだけなのだ。ただ確実に、いつの日でも、風はあり、揺れるものは揺れている。
 
「出来ごころ」における分断されたものたちは、分断されたまま放置されているのではなく、彼らの外側にある揺れるものたちが、彼らを包み込み、流れて行く。それはおよそカットという区切られた映画の単位が、フィルムを上映することにより、光を見つけ出すかのように、それは、偽りなく私たちの直線的ではない生命を示すことの可能性として存在していると言えないだろうか。
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