山本嘉次郎と一緒に加藤泰が脚本を書いていて驚く。伝六エノケンに重きを置いた前半は明るくモダンな『ちゃっきり金太』的世界。エノケンと長屋大家柳屋金語楼のいさかい、アバ敬上田吉二郎とちょんぎれ松大村千吉の珍捜査、瓦版屋楠トシエ・如月寛太の歌と画面が笑いに包まれる。それが、右門アラカンが悪党旗本との直接対決へと積極的に動き出すと世界が変わる。
　佐伯秀男の演じる旗本が所謂勧善懲悪型の悪党とは少々趣が違っていて、コンプレックスを抱えた小心者の卑劣漢で、そこに彼の過去の悲劇性を感じるように人物造形されている。佐伯が根城にしている荒れ果てた鬼面屋敷は、原作者の怪奇趣味を超えて佐伯自身の陰惨な精神風景とも見える。鬼面屋敷での最後のアラカンの殺陣が凄まじい。まさに阿修羅のような姿を見せる。行き場を失い、更に深い精神の闇に逃げ込む佐伯の姿に人間の不気味と哀れがあった。このあたりはアメリカのニューロティックな犯罪映画からの影響があるのだろう。